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原理用語 わ

わ 

【和解】 「神の和解は人が『不和』の原因を作ったにもかかわらず、
     神が計画され、神がキリストの犠牲を通してお膳立てされたものでした。

     和解のドラマの主体は、神ご自身です。
     和解の主人公は、キリストです。
     和解の対象は、世です。

     和解の内容は、違反行為の責めを人々に負わせないことです。
     和解の使者は、私たち(クリスチャン)です」
          『コリント人への手紙第一、第二』 竿代照夫 著

 
    「神はキリストによって世を御自分と和解させ、人々の罪の責任を
     問うことなく、和解の言葉をわたしたちにゆだねられたのです。
                

     キリストに代わってお願いします。神と和解させていただきなさい。
     罪と何のかかわりもない方を、神はわたしたちのために罪と

     なさいました。わたしたちはその方によって神の義を得ることが
     できたのです」
                コリント第二 5:19~21

    <関連>贖罪、十字架、義認 
  
【和動】 時間をかけて、相手の心を動かし説得すること。 
  
【われわれ】 創世記1:26
     「われわれに似るようにわれわれのかたちに、人を造ろう」

     原理講論では、「われわれ」というのは、神と天使をあらわすと
     解釈しているが、

     聖書の言語では、創造主の神と被造物の天使ではなく
     三位一体の神をあらわす。

     神が聖書に現れる最初の場面で、単数形「エル」ではなく
     複数形「エロヒム」で示されている。

     神の名前が複数形で表されているにもかかわらず、
     動詞が単数形になっている。

     神は天使をつかわすが、彼らと一体となって行動されることは
     全くない。

    「われわれ」という表現は他の箇所にも出てくる。
     (創世記 11:6、7、イザヤ6:8)
             
    「主なる神は言われた、『見よ、人はわれわれのひとりのようになり、
     善悪を知るものとなった。彼は手を伸べ、命の木からも取って食べ、
     永久に生きるかも知れない』」
                  創世記 3:22 

     ------------------------------------------------------------

     イエスは創造者である。

     天地創造よりももっと初めの初めから、イエス・キリストは
     おられた。(ヨハネ 1:1、2) 

    「神は、御子を万物の相続者と定め、また御子によって、
     もろもろの世界を造られた。

     御子は神の栄光の輝きであり、神の本質の真の姿であって、
     その力ある言葉をもって万物を保っておられる。
                  ヘブル 1:2、3
   
    「御子は、見えない神のかたちであり、造られたすべてのものより
     先に生きていた方です。

     なぜなら、万物は御子にあって造られたからです。
     天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、
     王座も主権も支配も権威も、すべて御子によって造られたのです。

     万物は御子によって造られ、御子のために造られたのです。

     御子は、万物よりも先に存在し、万物は御子にあって
     成り立っています」
                  コロサイ1:15-17

    「この方は、初めに神とともにおられた。
     すべてのものは、この方によって造られた。
     造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。

     この方はもとから世におられ、世はこの方によって造られたのに
     世はこの方を知らなかった」
                  ヨハネ1:2、3、10

 
    「キリストは、天地の創造の前からあらかじめ知られていましたが、
     この終わりの時代に、あなたがたのために現れてくださいました」
                  ペテロ第一 1:20
 
   ------------------------------------------------------------------

    「かたちに」と言う原語の意味は「反射して」ということである。
     神の栄光を受け反射するという意味。
    (例えば月は、太陽の光に反射している) 

     人間が神の人格(ペルソナ)に似せて創造されたことを意味する。
     人格とは、愛を本質とし、意思と計画をもち、責任ある存在を言う。 


    「神は肉体をお持ちではないので、神が私たちをご自身と全く同じもの
     としてお造りになったのではないことは明らかである。
     これは、私たちが神の栄光を反映した存在だということである」

    「神は至高の創造主であられるので、私たちが神と全く同一の存在に
     なることはけっしてない。

     しかし私たちには、神の性質を映し出すようにして、愛、忍耐、
     赦し、親切、誠実を表わす能力があるのである」

    「人間の価値は、神の姿に似せて造られていることに基づいている。
     神の似姿を持っているからこそ、私たちは自分を肯定的に受け止める
     ことができる」
                    『BIBULE navi』

    「神の性質にあずかるとは、もちろん神になることではない。
     被造物と創造者の間には、本質的な深遠が横たわっている。

     しかし最初のアダムが神のかたちにかたどって造られたように、
     私たちも聖霊によって生まれ変わることにより、いっそう尊い

     意味において、いと高き方のかたちに似、神の性質にあずかる
     者となる。私たちは恵みにより、神に似たものとされる」
              『朝ごとに』 C.H.スポルジョン


    「人よ、彼はさきによい事のなんであるかをあなたに告げられた。
     主のあなたに求められることは、

     ただ公義をおこない、いつくしみを愛し、
     へりくだってあなたの神と共に歩むことではないか」
                      ミカ 6:8

    <関連>三位一体、キリストの神性、聖霊

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