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原理用語 せ



【世一トラベル】 (世一観光)、世一旅行社。
       統一教会系の旅行代理店。
        企画した韓国旅行ツアーの室内射撃場の火災で7名死亡。

【聖化】 統一原理が100%間違いだとわかり、文鮮明が偽メシヤだと
   気付かせ、霊肉共の救いを一瞬にして体験する至福の境地。

   聖化はキリストの姿に似た者に変えられていくプロセスをいう。
   聖化とは、われわれの道徳的腐敗の根源の為の神の癒しである。

  「一般に聖化とは、人々を罪責と罪の力から救い出し、 
   神への奉仕と愛に向けて彼らを聖別し、また、彼らに対して

   初時的および漸進的なものとしてのキリストの贖いの果と
   清い生涯の祝福をわかち与えるところの神の業のことである」
                 『宗教と倫理辞典』 H.コーツ

   用途による表現の使い分けはあっても、語源は一つである。
   
   動詞 ---- きよめる、きよくする、聖化する
   名詞 ---- 聖潔、聖化、ホーリネス
   形容詞 -- きよい、聖化された

  「聖化」は、人や物がきよくせられる行為、又は過程。
  「聖潔」は、聖化の行為、又は過程の結果として生じた状態。
   同じことがらの諸表現である。

  被造物である人間はどのように聖とされても神になることは
   できない。

  神の聖は本質的なもので、ヘブル語で「ハギオテース」といい、
   人間の聖化は「ハギアスモス」という。

   クリスチャンの罪は聖霊によって聖められる。
   罪が赦されるだけでなく、あたかも罪を犯したことがないかの
   ように聖められる。
 
  「私たちはきよくならなければ、決して幸福にも、安らかにも、
   また霊的にもすこやかにもなれないのです。
   私たちは、罪から離れ去らなければなりません」

  「第一に、罪の刑罰を除き、次に罪の力を除き、
   最後に罪の存在を取り除かれるのです」
  「ただ聖霊だけが、この新しい性質を与えることができるのです」
        『ただ恵みによって』 C.H.スポルジョン 

   聖めは、人間をもっとも人間らしくする道である。
   聖めは、信徒を、肉的性質、また内なる罪との、従来の果てしない
   争闘から釈放するという直接の結果をもたらす。
 
   罪からの釈放は瞬間的である。
   その変化はたちどころに起こる。一人の例外もない。

   聖めは、罪からの誘惑や、罪を犯す可能性からの自由を
   意味しない。罪からの開放、救いである。

   ---------------------------------------------------------------------

   義認も聖化も、神の言葉と、それが与える光によって成し
   遂げられる。義認も聖化もカルバリの十字架上、キリストの
   贖罪によって備えられている。

   義認も聖化も、神の恵みの現れであり、人の努力によって
   達成されるものではない。義認も聖化も、信仰にこたえ、
   各人の心にもたらされるものである。
                『キリスト教信仰の探求』より抜粋

   義認とは神がイエスによって我々のためになし給うことであり、
   聖化は神が聖霊によって我々のためになし給うものである。

  「しかし神のわざを可能とするためには、人間の側での協力が必要です。
   霊的な罪(傲慢、憎しみ、不信仰)と肉的な罪(性的不品行、その他)
   から離れるとの敢然として決意、告白があって初めて主は働きなさるのです。

   良いたとえかどうかわかりませんが、洗濯を例にとってみましょう。
   洗濯機の中によごれものを入れるのは主婦の仕事です。しかし、本当によごれ
   を取るのは洗濯機です。

   私たち には、本当の洗濯機である主に身を任せる行動が必要です」
              『コリント人への手紙第一、第二』 竿代照夫 著

  「聖化もまたわざによるのものではない。それは神の賜物であり、
   率直・単純な信仰によって受けられるものである。

   主は、あなたを全く救い、あなたをすべての罪からきよめ、
   あなたの全心を愛をもって満たすことができるとともに、
   喜んでそうなしたもうことを信ぜよ。

   はるか後の時にというのでもない。また明日にというのではなく、
   きょうである」
                        J.ウェスレー

  「わたしは新しい心をあなたがたに与え、
   新しい霊をあなたがたの内に授け、
   あなたがたの肉から、石の心を除いて、肉の心を与える。

   わたしはまたわが霊をあなたがたのうちに置いて、
   わが定めに歩ませ、わがおきてを守ってこれを行わせる」
               エゼキエル 36:26、27

  「わたしは水でバプテスマを授けたが、
   このかたは、聖霊によってバプテスマをお授けになるであろう」
               マルコ 1:8
   
  「それともあなたがたは知らないのですか。
   キリスト・イエスにつくバプテスマを受けた私たちはみな、
   その死にあずかるバプテスマを受けたのではありませんか。

   私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、
   キリストと共に葬られたのです。

   それは、キリストが御父の栄光によって死者の中から
   よみがえられたように私たちも、いのちにあって
   新しい歩みをするためです。

   もし、私たちが、キリストにつぎ合わされて、
   キリストの死と同じようになっているなら、
   必ずキリストの復活とも同じようになるからです。

   私たちの古い人がキリストとともに十字架に
   つけられたのは、罪のからだが滅びて、わたしたちが、
    
   もはやこれからは罪の奴隷でなくなるためであることを、
   わたしたちは知っています。
   死んでしまった者は、罪から開放されているのです」
                 ローマ 6:3~7

  「私はキリストと共に十字架につけられました。
   もはや私が生きているのではなく、
   キリストが私のうちに生きておられるのです」
                 ガラテヤ 2:20

  <関連>救い、恵み、義認、十字架、聖霊、聖め

【聖潔】 聖化の行為、過程の結果として生じた状態をいう。

  「内住の聖霊のお働きは、キリストの栄光を現わし、
   彼を私たちのうちに啓示することです。

   すなわち、光を与えること、きよめること、
   力づけることです」

  「私たちはすでに、うちに、聖霊を宿しています。
   すでに受けた小さな分に忠実であるものだけが、
   さらに大きな分を受けるのです」

  「あなたのうちにささやかれる聖霊のこの上なく
   かすかな声にも耳を傾けるために待ち望みなさい」

  「聖霊の満たしの条件は何でしょうか。
   神のことばである聖書には一つの答えがあります。
   それは信仰です」

  「もし聖霊に満たされたいと思ったら、みことばに
   満たされなさい。聖霊がその活力をあらわされるのは、
   みことばによってなのです」

  「聖霊は私たちが思いどおりに用いるため、私たちに
   与えられているのではありません。

   むしろ、私たちを使うために与えられているのです。
   私たちが聖霊を使うのではありません」

   御霊の導きを受けるためには教えを受けやすい従順な
   ところがなければならない。

   私たちは自分に信頼せず、自我を放棄し、聖霊によって
   教えられ導かれるために、神を待ち望まなければなりません。

  「毎朝、へりくだって神を求め、その導きを待ち望みなさい。
   そうすれば、御霊の声を次第にあきらかに聞くことができ
   るようになり、その御力を経験するに至るでしょう」

  「もし私たちが、自分のいのちとして統御している聖霊の力に
   自己を全くゆだねるなら、聖霊はさらに完全に私たちを領有し、
   私たちを通して働くでしょう」
       『キリストの御霊』 アンドリュー・マーレー


  「この世における生涯には「栄光の完全」はない。
   しかし、「恵みの完全」はある。

   ホーリネスは、そのエネルギーの究極的な源と切り離されても、
   いつでもどこでも使えるバッテリーではない。

   ホーリネスとは、神的な発電機に連なって脈動している
   連結器である。

   全き献身の瞬間には「ただ一回の明け渡しがあり、
   聖潔をわがものとして受け取るための「ただ一回」の
   信仰の行為がある。

   しかし、御霊による継続的また増進的生涯は、われわれが
   継続的に明け渡しつづけ、信頼しつづけることを要求している。

   それは、ある時と場所で始まり、日毎に更新され維持される
   関係である。 
   聖化とは、人格的な神の御霊による、継続的な神的活動である」
          『キリスト者の聖潔』 W.T.パーカイザー 著


  「もし私が祈り深いなら、それは神が私をそうされたのである。
   もし私に徳があるなら、それは神の賜物である。

   もし私が調和のある生活をしているなら、それは神がその手で
   支えておられるからである。

   神が私を守るために先手を打たれたのであって、私が何かの
   努力をしたためではない。

   私の犯す罪は私のものだが、私のなす正しい行いはことごとく
   主から来たのである。

   もし私が霊の敵を撃退したとしたら、主が私の腕を力づけられ
   たからである。

   私が人々の前で聖い生活をしたとしたら、それは私ではなく、
   私のうちに住んでくださるキリストである。

   私は聖められているか。私を聖としたのは、私自身ではなく
   聖霊である」
             『朝ごとに』 C.H.スポルジョン


  「わたしが与える水を飲むものはだれでも、
   決して渇くことがありません。

   わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、
   永遠のいのちへの水がわき出ます」
              ヨハネ 4;14

  「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て
   飲みなさい。わたしを信じるものは、聖書が言

   っているとおりに、その人の心の奥底から、
   生ける水の川が流れ出るようになる」
              ヨハネ 7:38、39

   イエスが与える水とは聖霊のことである。

   <関連>聖霊、聖化、聖め   

【聖日礼拝】 献金要請のための日曜日の集会。
     落ちた人がいないか確認するための集まり。
 
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     キリスト教会の礼拝の様子はインターネット放送でご覧ください。

     大和カルバリーチャペル 
     http://www.yamatocalvarychapel.com/


    礼拝には三つの要素がある。
    第一に天地創造の神を賛美すること。

    第二に神のみことばに傾聴すること。
    第三にみことばに応答し、

    十字架の恵みと祝福に対して、
    自身をささげること。


   「礼拝は神のためにささげられるものです」
   「私たちは、自分が喜ぶために礼拝するのではありません。

    私たちの動機は、私たちの創造主なる神に栄光と喜びを
    もたらすことにあるのです」
 
   「礼拝とは、神をほめたたえ、賛美し、祈る以上の意味を持つ
    ものです。礼拝とは、神を喜び、神を愛し、そして神の目的
    のために自分自身をささげていく生き方そのものです」
        『人生を導く5つの目的』 リック・ウォレン 著


   「真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝するときが
    来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者と
    して求めておられるからです」
                ヨハネ 4:23


【聖書】 聖書は、神の霊感をもって書かれた神のことばである。

   霊感とは、「神の息をかけられた」という意味の
   ギリシャ語を用いている。

   聖書を書いた人々に霊感を与え、御霊が望んだ通りを
   書くように導かれ、命と知恵を吹き込まれた最も重要な
   本である。
  
   統一教会にあっては
   聖書を知らない人にキリスト教だと言って騙すためのアイテム。
   ほとんど読んだことのない表向きの経典。

  「聖書なくして統一原理はありません」と言うが、
  「聖書は不十分なので他の経典が必要だ」と言う
   異端の典型的な立場を取る。

「聖書は真理それ自体ではなく、真理を教示してくれる
   教科書として」

  「教科書そのものを、不動のものとして絶対視してはな
   らないのです」 『 原理講論』総序より抜粋

   原理講論は「成約聖書」と呼ばれる。

   彼らが聖書を読むのは、すでに持っている自分の教義を
   装備するためである。


   聖書こそが聖書自体の最良の注解書である。
   神のことば自体が人の心の中における神の力である。

  「啓示されている真理を越えた領域のもの、
   あるいは聖書に何かを加えることは異端のすることだ」
            『収穫の時代』 チャック・スミス

   主観的な考えを止め、聖書の思想をたどり、
   神の思いの中に入らなければならない。

  「神のことばも、しばしば人の理性によって解釈され、
   かえって大きな誤りに陥ることがあります。

   私たちは、神のことばである聖書がすべて聖霊によって
   しるされたものであることを忘れてはなりません。

   それゆえ、一つ一つのみことばはその同じ聖霊によって
   解釈されなければならないのです。

   この解釈は上からとか周囲からとか思想としてやって来る
   ものではなく、内住の御霊によって与えられるものです。

   その内的生命が御霊に支配されている霊的な人だけが、
   みことばの霊的真意をわきまえることができます。

   みことばと聖霊とをともに豊かにうちに宿し、
   これに従うのが御霊に導かれる最も安全な道です」
      『キリストの御霊』アンドリュー・マーレー


  「死人が神の声を聞く時がきます。
   今がその時です。そして、聞く者は生きるのです」
               ヨハネ 5:25

  「ナザレのイエスは神ご自身です。
   彼のすべては、内側から外側まで神をあらわすためでした。

   彼の感情は神の感情であり、彼の思いは神の思いなのです」
             『霊の開放』 ウオッチマン・ニー 
              ヨハネ 12:49

   聖書は統一教会の中にいながら間違いに気付かせ、
   栄光への脱出が出来る唯一の書物。

   神のことばに反応する人は救われる。
 
   原理がわからなくなる最も効果のある書物で、
   真理に目覚める危険性をもつ。

「聖書はただの書物ではない。それに反対するすべての
ものを征服する力を持つ生き物である」
                     ナポレオン

  「聖書は人生の取り扱い説明書であり、そこには私たちの
   生きる理由、人生のからくり、避けるべきこと、将来に

   何を期待すべきかなどが説明されています」
     『人生を導く5つの目的』 リック・ウォレン 著


  「聖書を読むそのことだけで、聖霊は私たちの心を照らし、
   内に働いてくださることができる。

   みことばを読む時に、そのメッセジーは、私たちが気付くか
   どうかにかかわりなく、心に浸み込んで来る。

   神秘的な力を備えたみことばは、私たちの人生に影響を及ぼし、
   その力を与えてくれる」

  「御霊は聖書を通して今日も人生を変え、
   震い立たせる力を持っておられる」
              『聖霊』 ビリー・グラハム

  「主はあなたの心に、聖書の中から心を砕くことばを与えて、
   たちまちのうちにあなたを制服してしまうこともできます。

   主は不思議にあなたを柔らかくすることができます。
   そしてあなたに求める心があれば、あなたをきよらかな
   気持ちで包み込んでしまえるのです」
         『ただ恵みによって』C.H.スポルジョン
   

  「聖書の預言はすべて、自分勝手に解釈すべきでないことを、
   まず、第一にしるべきである。

   なぜなら、預言は決して人間の意志から出たものではなく、
   人々が聖霊に感じ、神によって語ったものだからである」
                 ペテロ第二 1:20、21

  「主の霊はわたしによって語る、
   その言葉はわたしの舌の上にある」
                 サムエル下 23:2

  「わたしはわたしの律法を彼らの中に置き、
   彼らの心にこれを書きしるす」
                 エレミヤ 31:33

  「しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によって
   お遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、

   また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを
   思い起こさせてくださいます」
                 ヨハネ 14:26 
 
  「聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたものであって、
   人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である。

   それによって、神の人が、あらゆる良いわざに対して
   十分な準備ができて、完全にととのえられた者になるのである」
                 テモテ第二 3:16、17

  「神のことばは生きていて、力があり、もろ刃のつるぎよりも
   鋭くて、精神と霊魂と、関節と骨髄とを切り離すまでに

   刺しとおして、心の思いと志とを見分けることができる。
   そして、神のみまえには、あらわでない被造物はひとつもなく、

   すべてのものは、神の目には裸であり、あらわにされているのである。
   この神に対して、わたしたちは言い開きをしなくてはならない」
                 ヘブル 4:12、13

   <関連>異端、原理講論、聖霊

【聖酒式】 原罪を清算する「血統転換」の儀式。
    文鮮明と新婦との結婚という霊的な意味がある。

    女性信者が娘の立場から相対者(文鮮明の花嫁)になり、
    霊的にメシヤと結ばれ、文鮮明の霊的種を自分が宿し、
    原罪のない子を産むという観念である。

    結婚式とは、文鮮明の相対者(妻)をいただくこと。

    「ここには、お母さんの生命とお父様の生命の結合した内容が入っている」
                 『聖酒式前のみ言」より抜粋

    「聖酒には何が入っているかというと、それは父母の愛の象徴が
     入っている。それから血が入っていないといけない」
                 『祝福』1974年冬季号

   <関連>合同結婚式、三日儀式、血統転換

【生殖器】 文鮮明は生殖器の話が大好きである。
   キリスト教のメッセージなら考えられない内容である。

  「アジアの半島である韓国は、大陸の生殖器、男性の生殖器を象徴します。
   日本列島は、北海道が頭です。そして、その下にある列島は、四肢を広げて
   いる女性のようです。

   地中海は、女性の子宮と同じです。イタリア半島周辺で、女性でいえば
   生殖器がぶら下がる位置にあるのがユダヤの国です。本当に不思議です。

   女性の子宮の最も深い位置にあるのがイスラエルの国です。
   ここで主が生まれたのです。ここで生命の根源が現れて問題になるのです」
                      『 環太平洋摂理』より抜粋

  「半島とは、男性の生殖器と同じです。日本はエバの生殖器です。
   まるっきりそうです。地中海は女の子宮と同じです。

   正に、ローマ半島の男の生殖器と関係する姿です」
        『 本郷人集会/真の愛による交差祝福と国境撤廃」より抜粋


  「文師は、われわれが性愛を完成するところに神が住まわれると教えられる。
   簡単にいえば、神の住まわれるこの「至聖所」とは生殖器のことである。
                   『理想家庭の指標』より抜粋

  「神様が創造し、今も求めるものであり、王の基地になり得るものが何か
   というと、性の器官です。生殖器だというのです。凹凸です。

   そのような価値の内容をもち、『宇宙をもらっても取り替えない』
   と言える価値あるものをつくったのです」
        『 第四十七回「真の子女の日」における御言』より抜粋


  「人はみな、聖所、至聖所をもっているのです。
   聖所とは、神様に侍ることのできる所です。

   では、至聖所とは何でしょうか。特権的な愛の主管権をもつために、
   神様との関係を結ぶ所が至聖所なのです。

   至聖所は、天と通じ得る位置をいうのです。天との直接的関係を
   結び得る至聖所が、正に皆さんの生殖器なのです。
                   『二世たちの行く道』より抜粋


  「男性の生殖器と女性の生殖器を合わせる所に、愛の本宮ができるのです。
   歴史的な愛の宮殿が建てられるのです。安息所になります。

   これはだれも移すことができません。永遠であり、絶対的です。
   その愛の巣で、男性の生命と女性の生命が同化するのです。

   同化して、沸いてあふれて爆発するのです。その中で、
   新しい生命が発生するのです。
                    『祝福』63号 より抜粋


  「我々人間世界において、愛の本宮、生命の本源地、血統の本源地は
   どこかと言うと、頭ではありません。男性と女性の生殖器なのです。

   でこぼこしたところ、それが愛の焦点であり、生命の焦点であり、
   血統の焦点なのです。ここから和合して、愛の一致、生命の一致、

   血統の一致によって生まれたのが息子や娘という存在なのです」
                     『祝福』66号 より抜粋

  「最高に美しい女性が近づいてきて、生殖器に触れれば勃起しますか、
   しませんか? 勃起してはいけません。

   ですから、皆さんはどんな美人を座らせても、その生殖器が勃起しては
   ならないのです。死ななければなりません。蕩減復帰です」
                     『主要儀式と宣布式Ⅲ』より抜粋

  「皆さんが鏡の前に立って、生殖器をじっと見れば、どのようになって
   いますか?角度がねじれているか分析しなければなりません。

   左側かそれとも右側かというのです。娘をたくさん生むか、
   それとも息子をたくさん生むかというのです。角度が違うのです。

   女性たちもそうです。歪んだ女性たちもいるのです。
   それは浮気をするのです。男性たちもそうです。
                     『主要儀式と宣布式Ⅳ』より抜粋

  「生殖器を見れば、どうなっていますか? 女性はどうなっていますか?
   上下になっており、男性はどうなっていますか? 中心にシンボルがあります。

   シンボルがあり、睾丸は横的になっています。それが天地の道理です」       
                     『主要儀式と宣布式Ⅳ』より抜粋   


  「男性と女性はそれぞれ、すべての神経組織が集中している独自の
   生殖器官をもっています。その生殖器官は、最も重要な器官です。

   もしそれらが正しく使われるならば、それは良いことですが、
   しかしもし間違って使われるならば、それは非常に悪いことなのです。

   男性の愛の器官は、体の真ん中に位置しており、女性も同様です。
   これらの器官は、最終的に彼らの力の基地、すなわち神とつながって
   いるのです」
            『 世界への神の希望 第2巻』より抜粋

  「私の生殖器は、愛の本宮です。「私の生殖器は、生命の本宮だ、王宮だ」
   というのです。私の生殖器は、血統の王宮です」
                  『宇宙の根本』より抜粋

  「生殖器に神様に侍ったよりももっとよく侍り、神様よりも愛さなければ
   なりません。そうしてこそ、神様が喜ばれるのです。

   世の中にそうした話がどこにありますか?
   宗教界で聞いたら、ぱっと飛び上がってひっくり返りますが、

   それは事実です。神様以上に愛に侍ってこそ、神様が定着しうる
   基盤が生まれるのです。生命より大切で、世の中をあげて、

   天地をあげて、神様まであげても換えることのできないものです。
   妻の生殖器を創造物の全体を合わせた以上に崇拝して、

   それ以上に愛し、それ以上の価値を認定してこそ、
   神様が我が家を訪ねてこられるのです。
                『主要儀式と宣布式Ⅳ』より抜粋


  「今から家にお帰りになられたら、夫と妻でもって、自分たちの生殖器が絶対、
   唯一、不変、永遠な器官であることを互いに確認し、それがまさに自分のもの

   ではなく、あなたのものであり、あたなが今までよく保管してきたものが
   自分のものだと宣言し、互いのために生き、永遠に奉仕し、感謝しながら
   生きようと、お誓いください」
                『宇宙の根本を探して』より抜粋

  「妻の生殖器の主人は夫であり、夫の生殖器の主人は妻なのです。
   お互いが、ために生きる愛を中心として立ってこそ、相手の主人の

   立場に立てるのです。このような主人の立場を確保するために、
   人間は、結婚をするのです」
        『平和国連を通して平和天国を完成しよう!』より抜粋

  「夫とそのようにむつまじく暮らして、死ぬ時には何を考えるかといえば、
   いつも愛の器官を考えるようになるのです。

   彼の顔、キスを考えるようになるのです。霊界に行って残る記憶というのは、
   愛する夫、妻とキスして愛し合う、その生殖器を合わせた、それ以外にはない

   というのです。それをつかんで、キスしながら死んでいきたいですか」
                『人間の生と霊魂の世界』より抜粋


  * 現役食口はこのようなことを語る人を再臨のキリストだと信じるのですか?
   
  <関連>至聖所、善悪の実

【聖地】 教祖の国(韓国)の石と土を運んで、そこを聖地として礼拝している。

  「世界を韓国の地とするためにです。

   今まで四十カ国で聖地を選定しました。
   これによってこれらの国に既に韓国の領土が生まれたのです」
               『牧会者の道』より抜粋

  「聖地は必ず買わなければならないし、
   そして売ることの出来ない地である」
               『御旨の道』より抜粋


   場所は、公園、お城、神社の境内、大学の構内等120箇所。

   代々木公園、大阪城、名古屋東山公園、高松屋敷公園、広島城、
   福岡西公園、札幌円山公園、仙台青葉城、富士山頂など

   明治神宮は、神宮側が気付いてバリケードを作り、
   代々木公園に変更されることになった。

  * 各地に聖地があるが、本当に買い戻すことができるのか? 

【生長期間】 『原理講論』 P76から抜粋
     「神ははじめの日の創造が終わると、『夕となり、朝となった。
     第一日である』(創1:5)といわれた。夕から夜が過ぎて、

     次の日の朝になれば、第二日であるにもかかわらず、
     第一日であるといったのは、被造物が夜という生長期間を経て、

     朝になって完成されたのち、はじめて創造目的を完成した
     被造物として創造理想を実現するための出発をするように
     なるからである」

     * イスラエルの方では、昔も今も一日は日没からはじまり、
      日没で終わることに変わりはない。

     <関連>原理講論

【生長期間の秩序的三段階】 『原理講論』 P77

     「すべての被造物が完成するにあたっても、その成長期間は、
      蘇生期、成長期、完成期の秩序的三段階を通じてのみ完成
      するようになる。

      では、自然界で三数として現れている例をあげてみることにしよう。
      自然界は動物と植物と鉱物からなり、物質は、気体と液体と固体の
      三相を表している。

      植物は根と幹と葉の三部分からなり、動物は頭部と胴部と四肢の
      三部分からなっている」

      * 天地創造は6段階である。  

      * 昆虫は、卵、幼虫、サナギ、成虫の4段階である。
       カブトムシを飼っている子どもなら常識

      * 浮き草に茎があるのか。        
       浮き草の葉にように見えるのは葉状体というもので、
       無性生殖する。

      * 動物には四肢動物以外がたくさんいる。
       統一原理によれば、へびはエバと姦淫したのだから、
       手足がついているのは当然だろう。

     <関連>原理講論

【聖別】 聖塩で清めること
   
【聖別期間】 家庭を持つ前の準備を行う期間として40日を聖別期間として
      別居する決まりがある。
 
      お互い距離をおいたまま、清い関係を保たなければならない期間。
      祝福後40日間は性的関係をもってはいけない。

      ご子女様には適用されていない。

    <関連>合同結婚式

【聖本】 統一教会に感謝献金をして貢献した人に授けられるもの。
   韓国のシャーマニズム色を強く打ち出し、霊界の記述は半分を超える。

   説教集7冊を1冊にまとめたもの。
   バラバラに買うと18,640円。

   文鮮明の直筆サイン入り。
   1冊 3000万円也。

   「 統一食口であっても、まずいったん地獄へ行き、文鮮明の御旨に
   どれだけ貢献したかが、審判される。

   統一教会員となるだけでは天国の門は開かれないし、合同結婚式に
   参加するだけでも十分ではない。生涯の献身が求められる」

  <関連>天聖経、原理講論   

【成約聖徒】 統一教会員をいう。

【聖霊】 原理講論の中にはでてくるが、統一教会で聖霊の働きについて
   話されることはない。

   イエスはギリシャ語文法の中性代名詞を使わずに意識的に人称代名詞
   「彼」「彼の」「彼を」を用いておられる。


  「聖霊は女性である」という原理講論は聖書を無視した内容である。
          『原理講論』(新生の使命から見たイエスと聖霊)

  「イエス様が亡くなって天の国に昇天してから、誰が来ましたか?
   聖霊です。聖霊は母の神です」
          『言語開放と世界統一宣布』より抜粋

  「イエス様は人類の父として来たのであり、聖霊は人類の母として
   この地に来ました」
          『神様の摂理から見た南北統一』より抜粋

  「イエスは夫であり、聖霊は新婦であるというように、霊的父母の
   基盤を中心として導いてきたのが、今のキリスト教なのであります」
          『子女の日のみことば』より抜粋

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   聖霊は「パラクレイトス」(助け主、慰め主)と呼ばれている。
 
   キリスト者との大きな違いは心の内に聖霊をもたないことである。
   私たちがイエス・キリストを信じる告白をする時、すべての人に聖霊を
   与えられる。

   聖霊はキリストの御霊であり、彼ご自身のいのちの御霊である。
   聖霊は神の霊である。霊とはいのちであり、存在の中核であり本質である。
  
   聖霊は、信仰者に内住し、教え、導き、啓示し、印し、感動を与え、
   一致せしめ、うながし、執り成し、能力を与えて最も親密な関係に
   入りたもう助け主である。

   聖霊は、罪について、義について、私たちを目覚めさせ、
   悔い改めと信仰と新生に導き、個人的に信徒の心に入り、
   生きた人格を持つ内住者として、父と子とを啓示させる。

   内住の御霊として、私たちを満たし、きよめ、心と生命とを支配し、
   光を与えて導き、私たちを備えてくださる。

   聖霊はみことばを通して働かれ、人を変えられる。
   聖霊は現実として交わり、体験できる方である。
 
   聖霊に満たされると必ず変化が現れる。
   超自然的に内から変えられる。

   聖霊は一人ひとりの人を通して働かれる。
   それぞれのアイデンティティーは変えないで、
   神の真理を伝える媒介の手段とする。

   聖霊は、パワーの源であり、パワーを与える方であるが、
   聖霊は本質的に人格を持たれる方であると聖書は教えている。
 
   聖書は、聖霊は人格であると教えている。
   聖霊は力でも物でもなく、人格の特質

  (知性、意思、感情)をすべて備えておられる。
   だが、単なる人格ではなく、同時に神でもある。         
         
   聖霊はご自身があかしの霊なので、あかしするときには上からの
   力を与え、私たちをあかし人とならせる。

  「聖霊は私たちに語りかけることができ、また私たちの方からも
   語りかけることのできるお方で、私たちを指導し、助け、力づけ、

   神の真理を教えてくださる。聖霊は神の仲介人としてこの世、
   教会、また一人ひとりの信者を介して神の働きをされる」
       『聖霊について教えてください』 チャック・スミス著
 

  「内住の聖霊のお働きは、キリストの栄光を現わし、
   彼を私たちのうちに啓示することです。
   すなわち、光を与えること、きよめること、力づけることです」

  「私たちはすでに、うちに、聖霊を宿しています。
   すでに受けた小さな分に忠実であるものだけが、さらに大きな
   分を受けるのです」

  「あなたのうちにささやかれる聖霊のこの上なくかすかな声にも
   耳を傾けるために待ち望みなさい」

  「聖霊の満たしの条件は何でしょうか。
   神のことばである聖書には一つの答えがあります。
   それは信仰です」

  「もし聖霊に満たされたいと思ったら、みことばに満たされなさい。
   聖霊がその活力をあらわされるのは、みことばによってなのです」


  「聖霊は私たちが思いどおりに用いるため、私たちに与えられて
   いるのではありません。むしろ、私たちを使うために与えられ
   ているのです。私たちが聖霊を使うのではありません」

   御霊の導きを受けるためには教えを受けやすい従順なところが
   なければならない。

   私たちは自分に信頼せず、自我を放棄し、聖霊によって教えられ
   導かれるために、神を待ち望まなければなりません」

  「毎朝、へりくだって神を求め、その導きを待ち望みなさい。
   そうすれば、御霊の声を次第にあきらかに聞くことができる
   ようになり、その御力を経験するに至るでしょう」

  「もし私たちが、自分のいのちとして統御している聖霊の力に
   自己を全くゆだねるなら、聖霊はさらに完全に私たちを領有し、
   私たちを通して働くでしょう」
          『キリストの御霊』 アンドリュー・マーレー

   神は「風」や「地震」や「火」の中にではなく「静かな細い声」
   の中におられる。(列王記上 19:11、12)

   ------------------------------------------------

   〔聖霊と信仰者との三種類の関わり方 〕

    ギリシャ語
   『パラ』 「ともに」と言う意味。

         聖霊がその人の罪を示すのと同時に、罪に対する
         唯一の解決はイエスにあることを理解できるよう
         にしてくださる。
 
         聖霊が未信者に働いて信仰告白に導く。

        「わたしは父にお願いしよう。そうすれば、父は別に
         助け主を送って、いつまでもあなたがたと共におら
         せて下さるであろう。それは真理の御霊である」
                    ヨハネ 14:16
       
   『エン』 「うちに」と言う意味。

         イエスを心の中に招くとき、聖霊がその人の内に
         住まわれる。

         私たちは、イエスを受け入れるとき、内に来られる
         聖霊のダイナミックな力を見る。

         聖霊は肉の欲求に打ち勝つ力であり、私たちの堕落に
         傾く本性に打ち勝つ力を与えてくださる。

         聖霊は私たちの内側で、私たちがイエス・キリストの
         御姿へと変わるために働いておられる。
           
   『エピ』 「上に」、「覆いかぶさる」、「溢れ出る」と言う意味。

         具体的な結果を生み出す聖霊のダイナミックな力を
         私たちに与え、私たちを力強いキリストの証人とする。

         私たちはもはや聖霊によって満たされるだけの器では
         なく、周りの世界に触れるために外側に向かって流れ
         出る水路となる。

         私という存在を通して聖霊が溢れ流れ、周囲の人々に
         触れ、変化を与える。   
         
        「聖霊があなたがたの上に(エピ)臨まれるとき、
         あなたがたは力(ダイナマイトの語源デュナミス)を
         受けます」
                   使徒 1:8  
  
  「私はあなたがたに水でバプテスマを授けましたが、私の後に来る方は
   聖霊によってバプテスマを授けます」
                   マルコ 1:8
       
  「バプテスマとは、完全に覆われることです。水の中に沈められて全身が
   水で包まれるように、聖霊のバプテスマによって、存在全体(全人格)が

   聖霊で包まれ、脇から(with)、中から(in)、上から(uponn)完全に
   覆われるのです」
        『よくわかる聖霊論』 平野耕一 著
       
   ------------------------------------------------------------ 

  「あなたがたは知らないのか。自分のからだは、神から受けて自分の内に宿って
   いる聖霊の宮であって、あなたがたは、もはや自分自身のものではないのであ
   る。

   あなたがたは、代価を払って買い取られたのだ。それだから、自分のからだを
   もって、神の栄光をあらわしなさい」
                 コリント第一 6:19、20

  「神はまた、わたしたちに証印をおし、その保証として、わたしたちの心に御霊
   を賜ったのである」 
                 コリント第二 1:22

  「神がわたしたちのうちにいますことは、神がわたしたちに賜った御霊によって
   知るのである」
                 ヨハネ第一 3:24

  「神が御霊をわたしたちに賜ったことによって、わたしたちが神におり、神がわ
   たしたちにいますことを知る」
                 ヨハネ第一 4:13

  「聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証です」
                 エペソ 1:14

  「わたしたちが受けたのは、この世の霊ではなく、神からの霊である。
   それによって、神から賜った恵みを悟るためである」
                 コリント第一 2:12

   --------------------------------------------------------

「聖霊が働かれる時には、突然のように神がわかり、罪がわかり、
   救いがわかります。罪の中に死んでいた者も神は生かして下さ
   るのです」
              『みことばの泉』 羽鳥明
 

  * ここに書かれている『統一教会 原理用語 用語関連集』は、
   聖霊が共におられることの証として書かれている。

  <関連>聖化、聖書

【世界基督教統一神霊協会】 統一教会、統一協会の正式名称。

      キリスト教では異端。
      キリスト教ではないという人もいる。

      教義と方法論に問題あり。
      自らに分派がある。

      表向きは霊感商法などしていないという。
      政治、経済、宗教、文化等、関連団体が数多くある。

     <関連>カープ、原研、異端、カルト、統一教

【世界日報】 統一教会系の新聞社。 

【世界平和女性連合】 統一教会のダミー団体。
         統一原理をひろめることが同連合の目的であり、
         総裁は妻の韓鶴子で、運営は統一教会信者がしている。


【責任転嫁】 悪いことの責任を他人のせいにすること。

     「6000双以前の祝福家庭が悪いんだよ」

     「孝進が麻薬やアルコールやタバコや淫行に走ったのは、
     日本が責任を果たさないために、お父様が日本のことに
     かかりっきりだったからだよ」

     不祥事(離婚したことなど)の原因は、
    「教会員の信仰が足りないから子女が悪くなるんだ」

【責任分担】 神様(文鮮明)から与えられた責任。
     人間がなさなければならない使命。

     伝道、経済的ノルマなど
     5%だが自分の能力の100%に該当する。

     5%の働きを信者がしなければ、摂理は成就できない。
     成就するかどうかは、信者の信仰と働き次第である。

     すべては信者の不信仰が原因である。
     死力を尽くしなさい。

     絶対死守の歩み、至誠を尽くして勝利するように。
     勝利しなければ大きな問題が起きると脅迫する。

     はなはだ不公正な論理であり、常に悪いのは自分、
     努力不足の自分を責めるしかない。    

     摂理の度重なる失敗と延長のほとんどの責任が、
     エバ国家である日本人食口の責任分担が果たされ
     なっかったことになっている。

-------------------------------------------------------

     『原理講論』 P243
    「復帰摂理の目的を完成させようとされる「御旨」は絶対的で
     あるが、御旨成就は、どこまでも相対的であるので、

     神がなさる95%の責任分担に、その中心人物が担当すべき
     5%の責任分担が加胆されて、はじめて、完成されるように
     予定されたのである」

     『原理講論』 P248
    「ただ、聖句には人間の責任分担に対するみ言が省略されて
     いるために、それらが、ただ、神の絶対的な予定だけで
     なされているようにみえるのである」 

-------------------------------------------------------

     5%という数字がどこから出てきたものか分からずに
    統一食口は5%の責任分担を果たすために必死である。

    5%という責任分担を勝手に付け加えたために、統一信者は
    地獄の苦しみを味わうことになっている。

    1%でも不可能であることは、ロマ書を読めば歴史的事実
    であることがわかるはずなのに。 


    聖書の神は、
   「まず第一に、聖定は神の永遠の計画である。
    神は人間の歴史の発展に応じてご自身の計画を作り、

    あるいはそれを変えていくのではない。
    神は永遠においてその計画を作り、
    そしてそれらは決して変わることがない」

   「ご自身の賢く、きよい思慮に基づいて、神は罪が世に
    はいるのを許すように定められた。

    神は、罪の性質はどのようなものになるか、
    罪は被造物にどんな影響を与えるか、

    また、人を罪から救うためにはどうしたらよいかを
    知っていて、その知識に照らして罪がはいってくることを
    許されたのである」  
           『組織神学』 ヘンリー・シ-セン 著


   「主はもろもろの国のはかりごとをむなしくし、
    もろもろの民の企てをくじかれる。

    主のはかりごとはとこしえに立ち、
    そのみこころの思いは世々に立つ」
            詩篇 23:10、11

   「あなたがたはわたしに対して悪をたくらんだが、
    神はそれを良きに変らさせて、今日のように
    
    多くの民の命を救おうと計らわれました」
            創世記 50:20 

   「ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの
    父なる神。神はキリストにあって、天上で霊の

    もろもろの祝福をもって、わたしたちを祝福し、
    みまえにきよく傷のない者となるようにと、

    天地の造られる前から、キリストにあってわたしたちを
    選び、わたしたちに、キリスト・イエスによって

    神の子たる身分を授けるようにと、御旨のよしとする
    ところに従い、愛のうちにあらかじめ定めて下さった
    のである」
             エペソ 1:3-5

   「御旨の奥義を、自らあらかじめ定められた計画に従って、
    わたしたちに示して下さったのである。

    それは、時の満ちるに及んで実現されるご計画に
    ほかならない。それによって、神は天にあるもの

    地にあるものを、ことごとく、キリストにあって
    一つに帰せしめようとされたのである。

    わたしたちは、御旨の欲するままにすべての事をなさる
    かたの目的の下に、キリストにあってあらかじめ
    定められ、神の民として選ばれたのである」
             エペソ 1:9-11


   「人は心に自分の道を考え計る、
    しかし、その歩みを導く者は主である」
             箴言 16:9

   「わたしは彼らにわたしが主であることを知る心を与えよう。
    彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。

    彼らは一心にわたしのもとに帰ってくる」
             エレミヤ 24:7
   
   <関連>御旨、蕩減 
  
【セクト】 アメリカではカルトといい、ヨーロッパではセクトという。
    本来は「分派」のことをいい、悪い意味ではなかったが、

    自らが悪質なことを繰り返すことによって、否定的なイメージが
    定着した。

    <関連>カルト、破壊カルト

【摂理】 堕落状態からの復帰摂理。

   文鮮明の命令。
   摂理は文鮮明によって与えられ、しばしば変わる。

   摂理は勝利するまで延長される。
   第1の摂理が失敗したら、第2の摂理、それが失敗したらまた次へ。

   日本から金を引き出すための理由づけ。
   組織の運営方針と事業遂行のスケジュール。

  「もう、後がない」と思っているのは、末端食口で、
  「まだまだ、続く」と思っているのは、中心者。

   毎月ノルマを与えられ、これに勝利しなければ
   神の摂理が延長してしまう。
   日本がだめになってしまうといわれる。

   切迫した緊張感が組織の維持に必要であるため、わざわざ
   生理的欲求を抑圧し、身体的に疲労させ、時間を拘束する。

   達成できない目標を掲げることにより、延長を言うことが出来る。
   数えきれないほどあり、いつの間にか消えることが多い。

  「日本の大きな銀行は先生が買収するよ。今日も日本鉄鋼行って
   みたんだけど、これぐらいだったら先生、皆、買おうと。

   遠からず、先生は世界的金持ちになる。なれる自信があるんだよ」
   『原理大修練会、摂理的同時性講義途中における御言』より抜粋

   -----------------------------------------------------------
 
   聖書は、私たちの人生に働く神の摂理をこう書いている。

  「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された
   者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、
   わたしたちは知っている」
               ローマ 8:28 
 
  「主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画は
   わたしが知っている。

   それは災いを与えようというのではなく、平安を与えようとするもの 
   であり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである。

   その時、あなたがたはわたしに呼ばわり、来て、わたしに祈る。
   わたしはあなたがたの祈りを聞く。

   あなたがたはわたしを尋ね求めて、わたしに会う。
   もしあなたがたが一心にわたしを尋ね求めるならば、

   わたしはあなたがたに会うと主は言われる」
               エレミヤ 29:11~14

  「わたしは彼らにわたしが主であることを知る心を与えよう。
   彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。

   彼らは一心にわたしのもとに帰ってくる」
               エレミヤ 24:7 

   <関連>天法、責任分担

【摂理】(宗教団体) 統一教会の元信者が自分が教祖になって
           立ち上げた教団。

        堕落論、血分けによる救いなど原理に似通っている。
        よりキリスト教よりだが異端の条件をそなえている。
        教祖は婦女暴行で刑務所に服役中。

【摂理献金】 無知な食口からお金を引き出すための方策、方便。
       お金集めの口実。

      <関連>SK、K、献金

【摂理的同時性】 歴史年代に独特な意味をこじつける計算法の
         数学的マジック。

    『原理講論』 P436
    摂理的同時性の時代の対照表

   ・ アブラハムからが二重にカウントされている。

    ------------------------------------------------------

   ・ 南北王朝分立時代が400年?

    『原理講論』 P460
   「統一王国時代が、北朝イスラエルと、南朝ユダに分立されたのち、
    ユダヤ民族がバビロンに捕虜として捕らわれていくまでの、

    400年間の南北王朝分立時代であったのである」

    『 原理講論』 P479
   「北朝イスラエルは、260年の間に19王がかわった。

    しかし、北朝イスラエルは依然として邪神を崇拝し続けて、
    悔い改めることがなかったので、神は、彼等をアッシリヤに

    引き渡して滅亡させることにより、永遠に選民としての資格を
    失うように摂理されたのである」

   * それでは南北王朝分立時代は260年ではないか。

-----------------------------------------------------
   
    歴史では、
    北王国イスラエル B.C.922~B.C.722
    南王国ユダ    B.C.922~B.C.587

    -----------------------------------------------------
       
  ・ ローマ帝国迫害時代が400年

    『 原理講論』 P463
    「キリスト教徒達にも、エジプト苦役時代のような時代がくる

    ようになったのである。この時代が即ち、ローマ帝国迫害時
    代の400年であったのである。

    ローマ帝国の過酷な迫害が終わって、コンスタンチヌス大帝が
    キリスト教を公認したのが西暦313年であり、」

   * 313年と400年とでは数字的に差がありすぎる。

    イエスが宣教を始めたのが30歳であるので、さらに30を
    差し引けば、400年など言えない。

    A.D. (Anno Domini) 主(キリストの年)という意味
    B.C.(Before Christ) キリスト以前という意味
  

   * 同時性は調べれば調べるほど新たな疑問が出てくる。
    歴史的事実だという裏がとれない。

     1920年メシヤ再臨という根拠が簡単にくずれる。

    聖書の引用や歴史が違おうが、ねじ曲げていようが、
    しまいには教理を解説する原理講論でさえ、矛盾が
    あってもかまわない。

   <関連>原理講論 
 
【善悪】 アベルの判断が善であり、自分の判断は間違いである。
   自分の頭で善悪の判断をしてはならない。お父様に従え。

   メシア(文鮮明)の言うこと、なすことがすべて善である。

   自分たちの都合のよいものを善とし、都合の悪いものを悪とする。

   論理的に整合していようがいまいが、絶対的権威の教祖の言説は
   すべて正しく、善であるという前提に立つ。


  「統一教会が発展しようとすれば、いいこと悪いことすべて消化させ
   なければならないのです。私は、いいことは消化しても、悪いことは

   消化できないというようになれば、それを誰が責任を負いますか。
   いつか皆さんの後孫に行くのです」
               『牧会者の道』より

   キリスト教は善か悪かという水準ではなく、
   愛か、愛でないかという水準の宗教である。

  <関連>うそ、二極思考、カルト、アベルカイン、良心 

【善悪の実】「善悪の実とは何ですか? エバの生殖器です。
       すべて男性の生殖器が誘惑することができ、

       女性の生殖器が誘惑するのです」 
         『主要儀式と宣布式Ⅳ』より

      「蛇とは何かというと、男性の生殖器のことをいっているのです。
       男性の生殖器は、毒蛇の頭と似ているでしょう?

       常に穴を求めて歩き回っているのです。女性の生殖器は、
       ちょうど口を広げた毒蛇の洞窟とも似ています。

       1度かんだり、かまれたりすれば、その毒が全身の血管に
       広がって永遠に死ぬのです。

       淫乱とは、個人はもちろん、家庭、氏族、国家が破綻する道です。
       蛇が善悪の実を取って食べたからです。

       そのことを意味しています。男性たちは、それをもって女性を誘い
       込もうとします」
                     『宇宙の根本』より抜粋

      * 文鮮明の妄想僻のなせる解釈である。
       夢から覚めた食口は、生殖器の話が大好きな教祖とイエス・キリストの
       ことばの大きな違いに驚く。

      <関連>生殖器、至聖所
 
【前線】 戸別訪問。ビデオセンターに勧誘すること。
    街頭に立ったり、戸別訪問をして、非原理世界の中で
    戦うこと。

   <関連>基準がない

【先祖解怨式】 地獄にいる先祖を救い出すと言うことで
   高額の献金を巻き上げる信者向けの霊感商法。

   天国に入籍するためには、必ず一代から七代までの先祖から
   百二十代までの解怨しなければならない。

   七代までが、父方、母方それぞれ70万円で、4家族分280万円。
   八代以降の献金は軽減される。

   百二十代さかのぼれば、3000年以上になり、日本の歴史と数学が
   わかればおかしさに気がつく。

  <関連>清平、霊界開放

【洗脳】 人為的人間改造。
   本人が嫌がっているのに、強制的に心を変えようとする方法。

  「身体的苦痛、精神的不安などの強い圧迫を加え、
   その状況から逃れたいという強い生命的な欲求を持たせ、

   尋問、教育、宣伝、説得などを通して罪の感情を生じさせ、
   それまで持っていた信念価値体系などを罪悪として、

   強い情動と共に捨てさせ、罪の償いとして新しい思想を持った
   人間として生まれ変わらせることを要求するものである」
                       大熊輝雄氏
 
   強制的な回心をいう。
   天国に行けるアメと地獄に堕ちる恐怖によるコントロール。

   洗脳とは、主観的に思い込むことによって、考えることを
   放棄すること。

  <関連>マインドコントロール

【選民】 韓民族。
   文鮮明と共に世界を救う選ばれた人間。

   自分は神によって選ばれたものだというエリート意識。
   神の側にあるという優越感。

   自分たちだけは、とくべつな使命を持ったエリートである
   と考え、真理を知った集団だと信じている。

  「日本人のどんなに高貴な人でも、霊界では韓国の乞食より低い」
   都合の悪い国の原理講論には韓国語による世界統一など削除されている。

   ---------------------------------------------------------

  「ヘブル民族は、この民族を通して全世界が祝福されるために
   創始されたものである。

   偶像礼拝の世界のただ中に来るべきキリストの背景として、
   唯一の神がいますとの理念を打ち立てることであった」
            『聖書ハンドブック』 H.ハーレイ

   よきサマリヤ人の話で、イエスがほめたのは血統の純粋性でも、
   神学の正当性でもなく、サマリヤ人の親切であった。

   血統も神学もイエスにとって本質的に重要なものではなかった。
   イエスにとって、最も大いなるものは愛であり、愛の実践であった。

  「自分の能力・地位・成功のすべては神が与えてくださったものであり、
   家柄も健康も容貌も土地財産も、何一つ、自分がかせぎ出した自分の
   ものといえるものはありません」

  「私たちが持っているもので、受けなかったもの、神から与えられなか
   ったものは何一つありません」
              『今日の知恵 明日の知恵』 羽鳥明 著

   
  「神は人を分け隔てなさいません」
                ガラテヤ 2:6(新共同訳)

  「悪を行うすべての人には、ユダヤ人をはじめギリシャ人にも、
   患難と苦悩とが与えられ、善を行うすべての人には、

   ユダヤ人をはじめギリシャ人にも、光栄とほまれと平安とが与えられる。
   なぜなら、神には、かたより見ることがないからである」
                ローマ 2:10、11

  「外見上のユダヤ人がユダヤ人ではなく、
   また、外見上の肉における割礼が割礼でもない。

   かえって、隠れたユダヤ人がユダヤ人であり、
   また、文字によらず霊による心の割礼こそ割礼であって、

   そのほまれは人からではなく、神から来るのである」
                ローマ 2:28、29

  「ユダヤ人とギリシャ人との差別はない。
   同一の主が万民の主であって、彼を呼び求める
   すべての人を豊かに恵んでくださるからである」
                ローマ 10:12

  「自分たちの父にはアブラハムがあるなどと、
   心の中で思ってもみるな。

   おまえたちに言っておく、
   神はこれらの石ころからでも、
   アブラハムの子を起こすことができるのだ」
                マタイ 3:9

  「神はかたよったことをなさらず、どの国の人であっても、
   神を恐れかしこみ、正義を行なう人なら、神に受け入れられるのです。

   神はイエス・キリストによって、平和を宣べ伝え、
   イスラエルの子孫にみことばをお送りになりました。
   このイエス・キリストはすべての人の主です」
                使徒 10:34~36 


  「兄弟たちよ。あなたがたが召された時のことを考えてみるがよい。
   人間的には、知恵ある者が多くはなく、権力のある者も多くはなく、
   身分の高い者も多くはいない。

   それだのに神は、知者をはずかしめるために、この世の愚かな者を
   選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選び、

   有力な者を無力にするために、この世で身分の低い者や軽んじられ
   ている者、すなわち、無きに等しい者を、あえて選ばれたのである。

   それは、どんな人間でも、神のみまえに誇ることがないためである」
                コリント 第一 1:26~28    

  「わたしたちの国籍は天にある」
                ピリピ 3:20 

  「今クリスチャンとなっている人々だけが救いに招かれたのではなく、
   全ての人が招かれてはいるのです。しかし、その招きに応答した者が、
   結果的には、『召された者』となるわけです」
           『コリント人への手紙第一、第二』 竿代照夫 著

  <関連>韓日祝福、カルト
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