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原理用語 し



【CB】  クリスチャン・ベルナールの略。
   宝石のブランド名。

   シービー展  
   品質に対して高額な宝石や毛皮などを扱う。

  <関連>定着経済 

【GOF】 着物、仏像

【十戒】  人間対神に関する戒めと人間対人間に関する戒めの
   二つの部分からなる。 

  〔要約〕 
  「心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、
   主なるあなたの神を愛せよ」
 
   「自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ」
                   マタイ 22:37~40

  第一戒 「あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない」

  第二戒 「あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない。
       それにひれ伏してはならない」

  第三戒 「あなたは、あなたの神、主の名を、みだりに唱えてはならない。
       主は、み名をみだりに唱えるものを、
       罰しないでは置かないであろう」

  第四戒 「安息日を覚えて、これを聖とせよ」

      * 旧約は7日目、新約は週の1日目

  第五戒 「あなたの父と母を敬え。これは、あなたの神、主が賜る地で、
       あなたが長く生きるためである」

  第六戒 「あなたは殺してはならない」

  第七戒 「あなたは姦淫してはならない」

      * すべてのみだらな思い、言葉、行動をいう。

  第八戒 「あなたは盗んではならない」

      * 何事であれ隣人の富や生活状態を不当に妨げること、
       あるいはその恐れのあること。

  第九戒 「あなたは隣人について、偽証してはならない」

  第十戒 「あなたは隣人の家をむさぼってはならない。
       隣人の妻、しもべ、はしため、牛、ろば、
       またすべて隣人のものをむさぼってはならない」

      * 人のものを欲しがる罪。    
        自分の状態に全く満足すること。

                 出エジプト 20:3~17      
       
      <関連>偶像礼拝、三拝敬礼

【侍義】 侍ることによって義とされる教え。
   文鮮明一人に侍ることを意味する。

  「『侍る』とはどういう意味かを知るということも重要です。
   侍義時代の「侍る」ということの意義は、本来、高貴なかたに対して、

   両手を突いて仕えて、顔を上げずにものを言う姿をいうのです。
   共にお仕えしながら生活するという意味なのです。
 
   したがって、いつも先生ご夫妻を主体に立てながら生活していく
   という雰囲気をつくることがとても大切です」
           『父母と共なる生活』より抜粋

  「統一教会では、侍ることによって救われるといいます。
   侍義、すなわち侍ることによって救われるというのです」
       『 御言訓読家庭教会と神様の祖国創建_』より抜粋


   旧約は行儀、新約は信義、成約は侍義と文鮮明の説教集にあるが、
   旧約が行儀というのは聖書を読んでいない証拠。

  「アブラハムは主を信じた。主はこれを彼の義と認められた」
                創世記 15:6
           
  「義人はその信仰によって生きる」
                ハバクク 2:4

  「なぜなら、聖書はなんと言っているか、
  『アブラハムは神を信じた。それによって、神は義と認められた』

   とある。いったい、働く人に対する報酬は、恩恵としてではなく、
   当然の支払いとして認められる。

   しかし、働きはなくても、不信心な者を義とするかたを信じる人は、
   その信仰が義と認められるのである」
                ローマ 4:3-5 

  「しかし、義の律法を追い求めていたイスラエルは、その律法に
   達しなかった。なぜであるか。信仰によらないで、行いによって

   得られるかのように、追い求めたからである。
   彼らは、つまずきにの石につまづいたのです」
                ローマ 9:31-33


   行いによっては罪の自覚が生じるのみで、そこに救いはないという
   証明済みの事実を利用し、教会員を自分たちの思いどうりにしている。

   すでに解決している問題をもう一度蒸し返し、行いを侍るに言い換え、
   侍って義とされ救われると無知な食口たちを騙している。

   律法によって生きる人は、自分のエネルギーを使い続ける。
   自分のエネルギーが消耗したところでおしまい。

   律法主義は、簡単に人の目をふさいで、
   神の恵みを見えなくしてしまい、他を裁き、
   自らは厳しい戒めを守ることに汲々としてしまう。


  「律法そのものは聖なるものであり、戒めも聖であって、
   正しく、かつ善なるものである」
                ローマ 7:12
 
   人類の歴史上、律法の完全な要求を満たした人は一人もいない。
   聖書を読めば、文鮮明がいかに律法から外れているか一目瞭然。 


  「なぜなら、律法を行うことによっては、
   すべての人間は神の前に義とせられないからである。

   律法によっては、罪の自覚が生じるのみである」
                ローマ 3:19 


  「私たちが神の完全さや義の前には、私たちの『善行』が
   いかに不完全なものであるかを悟らなければ、私たちは
   神の恵みに感謝することはできない。

   私たちが最善を尽くした努力さえ、値打ちのない偽物の
   ようなものでしかありません」
      『収穫の時代』 チャック・スミス著

  「あなたの善行、意図、努力を盾に天国に入ろうと考えるのは
   やめたほうがいい。絶対に無理だから。

   私たちはどんな奉仕をしても、どんな責任を果たしても、
   それで天国へ入れてもらえるほどの基準に達することはない。

   ただ主イエス・キリストへの信仰によってのみ、
   私たちは御国に入れていただくことができる」
      『聖霊について教えてください』 チャック・スミス著             

   多くの人は良い行いや宗教的な儀式や戒律を守ることに
   よって、神に受け入れられると勘違いしている。

   何かをすることによって救われるというのは、
   古い罪の性質にアピールして、神から離しておく
   サタンの策略である。
              
  <関連>侍る、律法、救い、義認、信仰、だまし


【思考停止】 心にシャッターをおろすこと。
     原理に反することを心に抱きそうになるその一歩手前で
     思考を停止させること。

     間違いに気付いても、「これは何か深い意味があるに違いない」、
    「何か意味があるだろう」と考えるのをやめる。

     侍って儀とする教理は考えることを放棄するようになる。
     まるで自分が他人のように思えてくる。 

      指導者に対する批判を聞けば、必ず思考停止になるように
     プログラムされている。

     人間の理性で考えること自体が間違いであり、人間の傲慢である。
     詮索することが罪である。

     自己否定する訓練を受け、自分の頭でものを考え判断することが
     許されないことだという指導を受けている。

     自分の頭で考えると、サタンが入る。そのこと自体が罪である。
     アベルに絶対服従しなければならない。これが信仰生活の基本
      である。
  
     反対者の話を聞こうとしない。
     体調が悪くなる。無意識に眠くなる。 

      ------------------------------------------------------------

     原理から脱けるには、「なぜ?」、「どうして?」と
     自分の頭で考える習慣をつける必要がある。

    「もし、原理が間違っていたら」
     と、立ち止まることも必要。 

      信教の自由は、自分の頭で考えて、自分で選ぶのが基本。  
     深い考えの裏付けなしに何事かに熱中するのは狂信の行為である。

     誕生から死に至るまでの、あらゆる変容、変化を貫いて存在しつづ
     けるのは、この私なのである。もし、この自己が破壊されたならば、
     その結果は実体の喪失である。

     ----------------------------------------------------------

     ある聖書学者は、霊的に死んだ状態について
     次のように説明している。

    (1)努力をやめ、あきらめきった状態
    (2)善悪の感覚のなくなった無感覚の状態

    (3)考えること、求めることをやめた状態
    (4)悔い改めることをやめた状態

 <関連>アベルカイン、ホウレンソー、マインドコントロール

【地獄】 霊感商法の決め手。
   購入しなければ地獄に堕ちる。

    統一教会の悪口を言うと地獄に堕ちる。
   脱会したら地獄に堕ちる。

   もし文鮮明を毛先ほどでも疑うことがあれば、
   すぐに悪いことが起き、死んで地獄に堕ちる。

  <関連>霊感商法、カルト

【至聖所】
  「文師は、われわれが性愛を完成するところに神が住まわれると教えられる。
   簡単にいえば、神の住まわれるこの「至聖所」とは生殖器のことである」
                『理想家庭の指標』より抜粋

  「神様の至聖所とはどこでしょうか。愛が宿る男女の性です。
   ここが天の至聖所です」
                『真の愛』より抜粋

  「神様が最高の至聖所としてつくられた場所が生殖器です」
                『宇宙の根本』より抜粋

  「地上世界で神様の愛が宿るところは、どこでしょうか。
   男性と女性の生殖器だということを知らなければなりません。

   堕落していない本然の愛、これが、至聖所だったということを
   知らなければなりません」
                『宇宙の根本』より抜粋

  <関連>生殖器、善悪の実

【思想改造】 個人の世界観を変え、その変化に応じてその人の行動も
     変えてしまう企て。

     信者の自己意識をぐらつかせる。

     信者の履歴を根本から見直させ、世界観を変え、
     現実と因果関係についてのまったく新しい見方を受け入れさせる。

     組織にたいする依頼心を起こさせ、そうすることで、
     嘆かわしくも組織の手先にしてしまう。
                   『カルト』 マーガレット・シンガー 著

    <関連>カルト
   
【氏族メシヤ】 先祖と子孫を救う人。
      (統一教会の造語)

      反対する家族をサタン呼ばわりし、逃げ回って、
      現実を見ようとしない人を氏族飯屋という。


【シック】(食口) 原語は同じ釜の飯を食べる口、韓国語で「家族」と言う意味。
     統一教会のメンバーを親しみをこめてこう呼ぶ。

     神様によって選ばれて良いことをしていると思って
     地上天国建設に従事している信者。

     無知であるばかりか、正しく知ろうともせず、
     知識の欠けが、知らず知らずのうちに犯罪に加担し、
     意図せずして罪を犯すことになる。


     疑うこと、考えることを放棄し、
     文鮮明にすべてを委ね依存している。

     教祖の欲望、気まぐれ、目的達成のために利用する道具。
     重要なのは、教祖であり、教義、思想、組織であり、

     全財産を献金し、どんなに尽くしても、役に立たなくなれば、
     やがて、ボロ雑巾のように捨てられる運命にある。
                    
    <関連>末端食口、幹部、伝道

【実績】 売り上げ。
   資金獲得額と信者獲得人数。

   実績を出す人が信仰者である。
   実績がある人が理想的な相手と祝福を受けられる。

  「実績のない自由はない」原理講論
   いくら原理がわかっていても、信仰的なことをいっても、

   実績がなければ信仰がないとみなされる。
  「悔しかったら、実績をだせ」

   実績がないとサタン扱いされ、信仰があるものほど
   つらいものがある。


  * 実績追求がない時がいちばん自由を感じているのが食口。
   競争させることにより、働き蜂的な生活に駆り立てる。

  * 実績が信仰のバロメーターというのは、熱心な食口ほど
   おかしいということに早く気がつく。

   事実、統一原理がわかっていない人や信仰がない人が
   実績を上げている現実があり、心から尊敬する人が
   実績が伴わないことが多い。

   人間的に失格と思われる人が、賞賛されることに
   どこかが間違っていると思うようになる。

   先祖の功労だとか、蕩減が軽いからという理由は疑問だ。
   アベルから「信仰がない」と徹底的に実績追求されるの
   だから。

  <関連>蕩減、自由、アベル、末端食口、サタン  

【実践トレーニング】 社会とのつながりを絶ち、無一文にし、
         献身の道以外ない状態にする。

         伝道と万物復帰の訓練
         摂理の達成のために蕩減条件を立てることを開始する。

         <関連>教育過程、献身講座、SK講座

【シャイン】 心理学者エドガー・シャインの三段階

     信者の態度がグループ環境と思想改造によって変えられる際に
     信者が通る3つの段階

     「解凍、変化、再凍結」

   1、解凍

     第一段階では、過去の態度や選択、つまり自己意識全体と、
     世界の仕組みにたいする考え方が、講義や個人カウンセリングや、
     報償、制裁などによってつき崩され、ぐらつく。

     何が正しいのか、何をなすべきか、いずれを選択すべきか
     ということに確信がもてなくなる。

   2、変化

     第二段階では、グループが提供してくれる解決策こそ
     従うべき道だと思うようになる。

     不安も不確かさも、自分にたいする疑いの気持ちも、
     グループか、指導者が授ける概念を採用すれば
     減少するはずだ、という気になる。

     あることを人前で言えば、それを実行するようになる。

     実行すれば、そのことを考えるようになる。

    (強制的なものだと気付かない環境内で)ひとたび考えてしまうや
     それは自分で考えたことなのだと思い込むに至る。

   3、再凍結

     最終段階では、グループは社会的・心理的な報償を餌に、
     あなたがカルトにとって望ましい行動をしつづけるように仕向け、

     きびしい批判や、あなたにたいするグループ全体の否定、追放、
     身分の剥奪などで、望ましからぬ行動を処罰する。

     グループのすることについて苦情を言わず、教祖の権威を疑わずに、
     いつも笑顔で懸命に働く無抵抗の人間を生み出そうと努める。

                『カルト』 マーガレット・シンガー 著

     <関連>カルト、シンガー、リフトン

【自由】 原理を離れた自由はない。
   疑うことを知らない人を奴隷に変えてしまう。

   神は人に与えた自由意志を重んじられ、決して強制なさらない。 
   カルトは神が与えた自由意志を奪う。

   神が人間に神の提議を受け入れあるいは拒む自由、
   神の恵みに信実であるか不信実であるかという自由
   を与えてくださっている。

  「自由とは、人間への神の賜物である。思うことの自由、
   選択の自由、良心の自由、人間が神にたいして不従順となり、
   神を拒む自由さえある」

  「性格的に定められたこと以外はなにもできないならば、
   神に対する従順にどんな価値があろうか。

   だが自分の選択によって、本姓の強い要請に逆らっても
   神に従う時、そこにこそ人格を見るのである」
           『聖書ハンドブック』 H.ハレーイ


  「赦しは罪ある人のため、解放は束縛されている者のため、
   目をあけることは目の見えない人のためなのです」
           『ただ恵みによって』C.H.スポルジョン

  「主の御霊がわたしに宿っている。
   貧しい人々に福音を宣べ伝えさせるために、
   わたしを聖別してくださったからである。

   主はわたしをつかわして、
   囚人が解放され、盲人の目が開かれることを告げ知らせ、

   打ちひしがれている者に自由を得させ、
   主の恵みの年を告げ知らせるのである」
                 ルカ 4:18、19 

  「自由を得させるために、キリストは
   わたしたちを解放して下さったのである。

   だから、堅く立って、二度と奴隷のくびきにつながれてはならない」
                 ガラテヤ 5:1

  「兄弟たちよ。あなたがたが召されたのは、実に、自由を得るためである」
                 ガラテヤ 5:13


  「主は霊である。そして、主の霊のあるところには、自由がある」
                 第2コリント 3:17

  「真理はあなたがたを自由にします」
                 ヨハネ 8:32

   --------------------------------------------------------------

  「真理には抽象的真理と具体的真理があります」
  「人は理屈や道理では本当に自由にはならないのです」

   イエス・キリストが心の真ん中におられる時、私たちは罪に打ち勝つ 
   力を持つのです。イエス・キリストという具体的真理が私たちを本当
   に自由にして下さるのです」
                『みことばの泉』 羽鳥明 

  「わたしたちが意識してキリストにつながっている時に、
   わたしたちは自由を得ます。

   もとよりそれは、自分の古い性質や自我意思の自由を
   いうのではありません。

   すべての自我意思からの自由、天的自由、新しい性質の力によって、
   なんでも望むものを求めることのできる自由です。

   そして、それは成るのです」
           『絶えず祈りなさい』 アンドリュー・マーレー

   クリスチャンは規則や律法から自由にされた者である。

  <関連>真理、聖霊

【宗教】 人間が万物の霊長だと言われる理由は、
   これに宗教心があるからである。

  「臨終の床に死が迫り、いまこの世を去って、永遠のかの世に
   旅立とうとする時に、無神論は通用しません。

   この世においても、善悪の審判が不公平である様子を見るとき、
   私どもは墓場のかなたに、なお人生の後編があることに
   気付かねばなりません」
          『救いは今です』より抜粋 沢村五郎 著

  「聖書は本当の宗教を見分けて取り組むために、二つの立場を提供
   しているように思われます。

   第一は、ヤコブの手紙に『父なる神の御前できよく汚れのない宗教は、
   孤児や、やもめたちが困っているときに世話をし、この世から自分を

   きよく守ることです』(1:27)とあるように、愛の実践、きよい生活
   の実践、という立場、生きざまです。イエス・キリストは『よいサマリヤ
   人のたとえ』でこの問題の核心をつかれました。

   第二は、神を礼拝する、という立場です。
   神を霊とまことによって礼拝しているかどうかという、神を礼拝する

   態度です。神を利用するのではなく、礼拝することこそ私たちに
   求められている態度、立場なのではないでしょうか」

 「神をご利益のために利用するのは本当の宗教ではありません」
               『みことばの泉』 羽鳥 明 著

「動機の純潔は宗教の中心です」
   「信仰者は純粋な信仰を前提にして、どうしたらより良く事をな
    すことができるかを追求すべきです」
                『ローマ人への手紙』 河村 襄

   * ある住職が集会で、「キリスト教は愛の実践の宗教です」
    と言ったとき、心の中で拍手を送りました。

   * ある仏教好きの牧師は、「仏教徒が書いたキリスト教の解説書を
    ほとんど目を通しましたが、十字架の意味を正確に説いている
    ものはありませんでした」と言っていた。

    もし、わかったら、その瞬間から、クリスチャンになるだろう。

   <関連>人間

【十字架】 「十字架のことばは、滅び行く者には愚かであるが、
    救いにあずかるわたしたちには神の力である」
               第1コリント 1:18 
 
    〔十字架の意味〕

   1、身代わり
   2、神の義と神の律法を満たすため
   3、あがない

   「しかし、彼はわれわれのとがのために傷つけられ、
    われわれの不義のために砕かれたのだ。

    彼はみずから凝らしめをうけて、
    われわれに平安を与え、
    その打たれた傷によって、われわれはいやされたのだ。

    主はわれわれすべての者の不義を、
    彼の上におかれた」
               イザヤ 53:5、6

   「神はわたしたちの罪のために、罪を知らないかたを
    罪とされた。それは、わたしたちが、彼にあって
    神の義となるためなのである」
               コリント第二 5:21
          
   「キリストは罪を犯さず、その口には偽りがなかった。
    ののしられても、ののしりかえさず、苦しめられても、

    おびやかすことをせず、正しいさばきをするかたに、
    いっさいをゆだねておられた。

    さらに、わたしたちが罪に死に、義に生きるために、
    十字架にかかって、わたしたちの罪をご自分の身に負われた。

    その傷によって、あなたがたは、いやされたのである。
               ペテロ第一 2:22~24

   「わたしたちがまだ弱かったころ、キリストは、時いたって、
    不信心な者たちのために死んでくださったのである。

    正しい人のために死ぬ人は、ほとんどいないであろう。
    善人のためには、進んで死ぬ人もあるいはいるであろう。

    しかし、まだ罪人であった時、わたしたちのためにキリストが
    死んで下さったことによって、神はわたしたちに対する愛を
    示されたのである」
                ローマ 5:6~8

   「人の子がきたのも、仕えられるためではなく、
    仕えるためであり、また多くの人のあがないとして、
    自分の命を与えるためである」
               マルコ 10:45

----------------------------------------------------------

   〔十字架におけるキリストの四重の働き〕

   1.キリストの血-------複数形の罪と罪意識を処理する。         

   
                
   2.キリストの十字架---単数形の罪と肉と生まれながらの人を処理する。
          ( レビ 17:11、ヘブル 9:22、エペソ1:7)

   3.キリストのいのち---人の内に住み、人を再創造し、また力を与える。

   4.死の働き-----------内住のいのちが次第に現れるために、
               生まれつきのままの人の内に働く。 
               『キリスト者の標準』 ウオッチマン・ニー

   「肉の命は血にあるからである」
   「血は命であるゆえに、あがなうことができるからである」
               レビ 17:11

   「血を流すことなしには、罪のゆるしはあり得ない」   
               ヘブル 9:22

   「御子イエスの血が、すべての罪からわたしたちをきよめるのである」
               ヨハネ第一 1:7

   「わたしたちは、この事を知っている。わたしたちの内の古き人は
    キリストと共に十字架につけられた。それは、この罪の体が滅び、

    わたしたちがもはや、罪の奴隷となることがないためである。
    それは、すでに死んだ者は、罪から開放されているからである。

    もしわたしたちが、キリストと共に死んだなら、
    また彼と共に生きることを信じる」

    このように、あなたがた自身も、罪に対して死んだものであり、
    キリスト・イエスにあって神に生きている者であることを、
    認むべきである」   
               ローマ 6:6~11

   「わたしはキリストと共に十字架につけられた。
    生きているのは、もはや、わたしではない。
    キリストが、わたしのうちに生きておられるのである」
               ガラテヤ 2:19

   「キリスト・イエスに属するものは、自分の肉を、
    その情と欲と共に十字架につけてしまったのである」
               ガラテヤ 5:24

   「あなたがたがキリスト・イエスにあるのは、神によるのである」
               コリント第一 1:30
       
    キリストが十字架につけられた時に、わたしたちも共に
    十字架につけられた。神は、彼にあって私たちをそこに置かれた。

   「キリストにあって」私たちが死んだということは、
    単なる教義上の問題ではなく、永遠の事実である。      

    それはすでになされた事がらであり、神の啓示によって理解され、
    信仰によって受け入れられるべきものである。      

    神はキリストの十字架によって、神の前における人間の立場を
    変えてくださり、それとともに人間をそれ以前とは違った見方
    で見られる。

    われわれがキリストと同一視されているという事実は、
    もはや罪はわれわれを支配しない。
    罪に対しては死んだ者、神に対しては生きた者となる。


   「私たちの罪を贖う力は、神が贖いために定められたキリストの血潮
    以外にない」
 
   「罪に悩む良心が回復される唯一の道は、十字架上に苦しんでおられる
    イエスを見ることである」
               『朝ごとに』 C.H.スポルジョン    
     
 
   <関連>愛、救い、福音、あがない、贖罪、義認、信仰、新生、聖化 

【重生】 生まれ変わり。よみがえり。
     二度生まれること。

     原理講論の古いものは新生としていたが、新しいものは重生としている。

     キリスト教の新生と同じ意味で使われているが、
     新生ということが統一教会では理解出来ていない。


    「私たち人間は堕落によって誤って生まれてきたので、再び生まれなければ
     ならないからです。それで「重生」、すなわち再び生まれるという言葉が
          
     あるのです。皆さんは、生まれはしましたが、父母もなく生まれたのと
     同じ立場です。それゆえに、母のおなかの中に入っていってから再び出て

     こなければなりません。これが今までの救援歴史だったのです」
                  『真の御父母様の生涯路程』より抜粋


    「イエスは答えて言われた、
    『よくよくあなたがたに言っておく。

     だれでも新しく生まれなければ、神の国を見ることはできない』
     ニコデモは言った、

    『人は年をとってから生まれることが、どうしてできますか。
     もう一度、母の胎にはいって生まれることができましょうか』
 
     イエスは答えられた、
    『よくよくあなたに言っておく。だれでも、水と霊とから生まれ
     なければ、神の国にはいることはできない。

     肉から生まれる者は肉であり、霊から生まれる者は霊である』」
                     ヨハネ 3:3~6 


    新生を経験しているクリスチャンにとっては、自分の体験なので
     よくわかるが、新生を経験していない人にとってはニコデモや
     統一食口のようなとんでもない勘違いをすることになる。


    「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られたものである。
     見よ、すべてが新しくなったのである」
                      第2コリント 5:17    
     
    「わたしはキリストと共に十字架につけられた。
     生きているのは、もはや、わたしではない。
     キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。

     しかし、わたしがいま肉にあって生きているのは、
     わたしを愛し、わたしのためにご自身をささげられた神の御子を

     信じる信仰によって、生きているのである」
                   ガラテヤ 2:19、20

    「あなたがたはバプテスマを受けて彼と共に葬られ、同時に、
     彼を死人の中からよみがえらせた神の力を信じる信仰によって、
     彼と共によみがえらされたのである」
                   コロサイ 2:12     

    「すなわち、あなたがたは、以前の生活に属する、情欲に迷って
     滅び行く古き人を脱ぎ捨て、心の深みまで新たにされて、

     真の義と聖とをそなえた神にかたどって造られた新しき人を
     きるべきである」
                   エペソ 4:22
    -----------------------------------------------------------

    「悔い改めて、あなたがたのすべてのとがを離れよ。
     さもないと悪はあなたがたを滅ぼす。

     あなたがたがわたしに対しておこなったすべてのとがを捨て去り、
     新しい心と、新しい霊とを得よ。

     イスラエルの家よ、あなたはどうして死んでよかろうか。
     わたしは何人の死をも喜ばないのであると、主なる神は言われる。

     それゆえ、あなたがたは翻って生きよ」
                   エゼキエル 18:30~33

    「わたしは清い水をあなたがたに注いで、すべての汚れから清め、
     またあなたがたを、すべての偶像から清める。

     わたしは新しい心をあなたがたに与え、新しい霊をあなたがたの
     内に授け、あなたがたの肉から、石の心を除いて、肉の心を与える。

     わたしはまたわが霊をあなたがたのうちに置いて、わが定めに歩ませ、
     わがおきてを守ってこれを行わせる」
                   エゼキエル 36:25~27 
  
    <関連>新生、聖化                    
       

【出発決断式】 伝道などにむけて意気を高揚するための集会
      毎月、月初めに物売りと組織拡大のための決断式が行われる。

【銃砲店】 統一教会が破壊的カルト集団と認識していない人にとっては
      疑問の一つ。

  〔武道と防衛産業の育成〕より抜粋

  「力で向かってくるときは、攻撃のためではなく防御のために
   力で対抗しなければなりません。

   私が日本全国に銃砲店を三十八箇所もつくり、正道術や空手を
   教えて共産党をたたきのめすために先頭に立って指令を下したり

   していると、「暴力団の親玉、文先生」という烙印が押された
   のです。私は暴力団の親玉ではありません。

   また、レバレンド・ムーンのことを共産党は、「独裁者だ。
   暴君だ」と言っているのです。韓国で防衛産業の企業体を

   もっていることも全部知っているのです。宗教指導者が
   殺人魔であるといううわさが立ったのも防衛産業のゆえにです。

   国防部でバルカン砲を開発するのにも私が功臣の役割を果たし
   ました。

   一九八一年に開発する予定のものを、私が一九七五年に
   二台つくり、大統領の前で試射させたのです。

   それ一つで一億八千万ウォンです。五億を目安に二台つくって
   試射させたのです。

   国防部では「一九八一年に開発する」と言っていたのですが、
   六年前の一九七五年にそのようなことをしていたのですから、

   私は狂った人でしょう。
   私が共産党を知っているので、そのようなことをするのです。

   また、あの戦車砲の試射。戦車の大砲を射とうとすれば直射
   距離を試験しなければなりません。それらをすべて私たちが

   開発したのです。韓国政府の朴大統領が軍需産業のことを夢
   にでも考えたでしょうか。全部私たちがしたのです。

   そのようなことをよく知っているので、軍需産業の開発地域も
   よく知っているのです。それは共産党をよく知っているからです」

  「バルカン砲のような高射砲もすべて関発しました。
   そして、私がアメリカに行く前に、一和の工場を三ヵ月、六ヵ月

   かけて建てました。すべて建てておいて、出発する時に何をつく
   ったかというと、百六十ミリ砲の腔線(弾丸を回転させるために

   砲身内に刻んだらせん状の溝)を削る機械をつくってから行きました」
                  『真の父母様の生涯』より抜粋


  「韓国は今、家庭婦人、将来には教会の女達が先頭を切って、
   三十八度線を銃剣をもって、共産党の人民軍を乗り越えなければ
   ならない。
   そういう時が来た場合には先生が命令する。射て!」
              『絶頂を越えよ!』 P71


   文鮮明の四男、文国進(日本の責任者)はアメリカのニュー
   ヨーク州とマサチューセッツ州に工場を持つ「Kahr Arms」という

   ガン・メーカーを経営する最高責任者である。

  * 食口には、再婚の妻の朴知鋭の銃を持ったボンドガールの
   ようなセクシーポーズ写真のほうがショッキングだった。

  <関連>文国進、カルト   

【主管する】 天に遠いものを管理、主導するという意味。
     支配、管理、所有を意味する。

     名前を書いておかないとすぐになくなる。
     より愛するものが管理してよいと言うルールがある。

     勝手に自分のものにしていることを、正当化する意味でも使う。
     アベル(先輩格の信者)がやっているとカイン(後輩)もまねをする。

【祝福】 合同結婚式に参加することをいう。
   教祖に配偶者を決めてもらうという信者同士の結婚。

   愛と経済力もないどこの誰かともわからない相手との宗教的信念に基ずく
   理想的な結婚。 

  「文鮮明による原罪の清算を意味する」といわれるが、
   続きが延々とあり、終わりのないマラソンのスタートになる。

   結婚させて、離教しにくくする手段。
   祝福を受けて離教すると、さらに蕩減が重くなるという。

   絶対的権威を持つ教祖の推薦した相手を断ることは困難。
   どんな人でも感謝して受けることが信仰だと教育される。

    文鮮明の選んだ相手を断ると自分や先祖の救いの道が閉ざされ
   地獄へいく。
   先祖からさまざまな攻撃をうけ、病気や怪我をしたり死ぬことになる。

  「最後の問題は何かと言うと、メシヤのための基台を作って
   メシヤを通して自分が血統転換を成さなければならない。

   これをのり越えるのは一人ではできない。必ず男女が組まなければ
   ならない。
   これが統一協会でやっている祝福問題である」
                  「絶頂を越えよ」より抜粋

  * 祝福を受けなければ救われないという教義。
   希望は聞かれるが、「どこの国になるかわからない」と言う。

  * 文鮮明が男女の7代前までの先祖までさかのぼって、相性を判断した
   とされるが、自分も子どもたちも多く離婚をしている。

  * 信仰がさめれば裁判まで起き、合同結婚式は無効である
   という裁判所の決定が下る。 

  * 祝福を受けた人が悟ること。
  「祝福には、何の意味もなかった」  

  <関連>合同結婚式、韓日祝福

【祝福二世】 文鮮明の祝福という人体実験の結果生まれてきた子ども。
     生まれながらにして原罪がないと信じられている。

   「二世は証し人である」という文鮮明の言葉のごとく、
     祝福は間違いであるという証し人になった。

    「神の子」と呼ばれ統一教会では特別扱いされるが、
     問題行動が多く、信者のつまずく要因になることが多い。

     原罪のないはずの祝福二世が、教祖をメシヤと思えないという。
     一世は親を泣かせて統一に入り、二世は親を泣かせて出て行く。
 
    * 原罪がないとされているが、自ら心情をインターネットで
     暴露している。

    * 原罪がなくなっても、罪を犯すことの説明に、
     根っこを切っても茎は、しばらく生きていると言っているが、

     原罪を植物と同じにたとえることが、そもそも間違っている。


    * 未成年にカルトの教えを伝えることには大きな問題がある。
     罪でないものを罪だと信じさせること。

     本来人間として生きていくうえで必要であり、コントロール
     すべきものまでも、罪だと教え、自己否定することが救われる
     救済論を説けば、自殺や精神異常を起こしても不思議ではない。

     〔コントロールのもとに置かれるべきもの〕  
     食欲、性欲、運動、社交、自己主張、好奇心、取得心など。

    <関連>無原罪、ヤコブ、ご子女様

【祝福の条件】 公式7年路程。 万物復帰 3年6ヶ月以上から最近は6ヶ月以上に変更。
                伝道   霊の子  3人復帰
      7日間断食

      40日修練会

      献金 100万~140万(1988年)
         70万、韓日の場合+100万(1992年)
      既成祝福の場合 100数十万  

     * 祝福の条件は言われていることと現実は違う。
      最近は信仰よりお金の色合いが強い。

     * 祝福の基準があいまいになってきており、希望して献金すれば
      受けられることが、さまざまな問題を起こしていると言う人もいる。

      祝福を受ける基準は変わっていくのに、受けた後に求められる基準は
      昔と変わらない。

     <関連>公式7年路程、霊の子、万物復帰

【授受作用】 コミュニケション、ギブ&テイク。
       互いに作用し合うこと。

【巡回師】 文鮮明から任命される女性幹部。 

      〔会計巡回師〕 会計チェックの担当者
         経済のノルマに対する達成金額と達成率をチェックする。

         脱税の指南役。
         この会計処理のシステムはいかに万物をこの世に渡さず、
         天の側に復帰するかに基づている。

         経理はこの世の法律よりも天法を優先するので、
         私たちは天の知恵で税務所の上をいかなければいけません。

      〔心霊巡回師〕 信仰チェックの担当者
         食口の個人的データを巧みに用いて脱会を阻止する。

     <関連>知恵を使う、心霊巡回師

【純潔教育】 すべての女性は教祖の相対者(妻)であり、
     文鮮明に属しているから、所有物に手を付けさせまいとする教え。

    <関連>アダムエバ、聖酒式

【象徴献祭】 献金にかわる献物。

    <関連>献金

【情報統制】  食口を騙し騙し組織につないでおくこと
      側近から末端食口に伝わるまでにクロがシロに変わる。

      末端食口を騙して組織を守っている。
     (血分けの教義、真の家庭の内情、メシヤ=文鮮明の疑問など)

      ご子女様のホテルからの飛び降り自殺など、アメリカでは全てのことが
      報告されても、日本には事故死としか知らされていなかった。

      あとから、そこにいた兄弟姉妹から真実を聞いたという経験を信仰が
      長くなればなるほど多くする。      

     <関連>だまし、カルト

【情報操作】 失敗が大成功と報道される。

     統一食口は自分でも何らかの情報操作をしている。
     そうしなければ教会に留まることはできない。

     意思決定のための材料である入力情報を支配することにより、
     他者が個人の知識や信念を支配し、特定の方向に決定づける

    <関連>だまし、マインドコントロール 
     
【渉外】 勝共活動。

【昇華式】 統一教会の葬儀。
    (マンセーと三唱し、霊界の火と硫黄の燃える池の中に投げ込む)

【勝共連合」 統一教会の政治部門の公然組織。

      <関連>統一運動

【勝利】 文鮮明の自己申告により達成されたことになる確認不可能な偉業。

     お父様の勝利により、これからは、悪事は暴かれ、善良な人たちが
     馬鹿を見ない時代が来るみたいなことを言っていたが、

     その後、統一教会の悪事が次々と暴かれていった。


     嘘をついて、お金を詐取し目標を達成することを「勝利」という。
     そのためのトークまである。

    <関連>霊感商法

【贖罪】 自らでは贖うことのできない人間の罪を神の子であり、
   人となったキリストが十字架の死によって代価を払い、
   神との和解を果たしたこと。


  「神は無条件で罪を赦すことはなさいませんでした。
   罪は必ず裁かれなければなりません。呪われなければならないのです。

   神はひとり子イエスを十字架につけるという痛ましい手続きによって
   人の罪を赦しました。その手続きを経なければ、神でさえ罪を赦すこ
   とはできないのです。

   罪とは、だれかが償わななければならないものです。
   人間の罪というものはお金では代えることができません。命には命が
   必要です。

   人間を救うためには、人間が死ななければなりません。
   しかし、人間は皆自分の罪のために呪われるべきであって、残念なが
   ら、人の身代わりになることはできません。

   イエスは、私たちの罪のための贖ないの供え物です。私たちの罪のた
   めばかりでなく、全世界の罪のためのものでもあります」
            『十字架のキリスト』より抜粋 植竹利侑 著

  「正義と愛の二つは、相反するものです。
   正義は犯罪者をさばいて暗黒の刑罰へ送り込みます。

   愛は犯罪者まで愛して、暗黒から光へと救い出します。
   もし正義であり愛でありたい時は、必ず十字架があります」
          『今日の知恵 明日の知恵』 羽鳥明 著 


  「神はわたしたちの罪のために、罪を知らないかたを罪とされた。
   それは、わたしたちが、彼にあって神の義となるためなのである」
                 第2コリント 5:21

  「わたしたちがまだ弱かったとき、キリストは定められた時に、
   不敬虔な者のために死んでくださいました。

   正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。
   情け深い人のためには、進んで死ぬ人があるいはいるでしょう。

   しかし、私たちがまだ罪人であったとき、キリストが
   私たちのために死んでくださったことにより、
   神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。

   ですから、今すでにキリストの血によって義と認められた私たちが、
   彼によって神の怒りから救われるのは、なおさらのことです。

   もし敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させられたのなら、
   和解させられた私たちが、彼のいのちによって救いにあずかるのは、
   なおさらのことです」
                 ローマ 5:6~10 

  「そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。
   それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。

   キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです」
                 第1ペテロ 2:24

  「人がその友のために自分の生命を捨てること、
   これよりも大きな愛はない」
                 ヨハネ 15:13

  * 十字架の贖罪を信じるかどうかが、
   キリストを信じるかどうかということ。

   人は、神の前に自分が罪人であることを認め、
   その罪の赦しのために命を捨ててくださったキリストを、

   自分の救い主として信じ、受け入れるならば、
   ただそれだけで、ほんとうに救われるのである。

   <関連>救い、福音、あがない、義認、十字架、信仰、罪、原罪

【食当】 食事当番。

    <関連>ホーム

【シンガー】 〔シンガーの思想改造の6つの条件〕
 
    1、何が行われているかということと、
      一歩ずつ信者が変えられつつあることを気付かせないでおく。

      思考改造過程は二重のプログラムを隠密に実施する。

    2、信者の社会的・肉体的な環境、特に時間をコントロールする。

    3、信者の心に無力感を組織的方法で起こさせる。

      信者を退学させ、退社させ、財産、遺産を引き渡させる。
      組織への依存心と無力感を起こさせるための一段階である。

      信者が過労状態で生きるように仕向ける。

    4、信者の以前の社会的自我を反映する行動をすべて禁じてしまう
      ようなかたちで、報償、制裁、体験のシステムを操作する。

      以前の信念、価値観、活動、振舞い方などが抑圧され、
      教祖が望むような社会的自我を身につけるように操作される。

     (以前からの古い言動には罰を与える)

    5、グループの思想や信仰、グループの認める行動の仕方などの
      習得を速めるようなかたちで報償、制裁、体験などの
      システムを操作する。

      良い成績をあげれば、グループ内での昇進やほうびの品物を
      与えられるが、習得に手間取ったり、要求に応じられなければ、
      罰が与えられ、特典や高い地位の喪失、不安と罪悪感を与えら
      れる。

     (目的とする新しい言動をほめる)

    6、論理の閉鎖回路と、いかなるフィードバックも許さず、
      教祖の承認がなければ変更できない権威主義、独裁主義的な
      構造を打ち出す。

      教理や規則に疑問を投げかけたり、矛盾が内在しているとか、
      真実の情報に相手の注意を向けさせたりすることを許されない。

      間違っているのは、常に自分なのだと思わされてしまう。

                 『カルト』 マーガレット・シンガー著

     <関連>カルト、マインドコントロール、教育過程 

【信仰】 統一教会では、事実と違うことを事実だと信じること。
   事実を事実でないと信じること。

   (凡例)
   アベルがカラスは白いといえば
   白いと言うのが、 信仰的
   黒いと言うのが、 不信仰

  信じて滅びよ 
   教祖のためなら仮に命を失ったとしても感謝する。

   責任分担を全うするのが信仰。

  「この信仰が間違いだと知ったとしても、いまさらやめられない」
   と多くの統一食口は思っている。

  「いつかは、わかってくれる日が来る」と信じている。
   その「いつか」は、ないことを知る。

   信仰によることは、事実に目をつぶることの同義語ではない。
   
   --------------------------------------------------------
   
  〔信仰のギリシャ語〕
  『ピスチューオー』の信仰は、頭だけの信仰。

  『ピスチューオーエイス』の信仰は、心からの信仰、
   人生をかけた信仰。


  〔信仰の3つのレベル〕

  1)、物事を事実として認めるという意味での信仰。
  2)、物事や人々をよいものとして受け入れるという信じ方。

  3)、信じて身をまかせる信仰。

     船や飛行機に乗り込む、というように、信頼して
     身をまかせるのです。
             『みことばの泉』 羽鳥明 著

  
  「頭で信じることと、心で受け入れることとの間には
   大きな相違がある」

  「信仰とは、単なる同意や単なる信用ではなく、
   福音の中にあらわされている真理を知的に認知し、
   それに信頼することである」

  「信仰とは何かを受け取ることであって、
   何かをすること、あるいは何かの状態ではない」
         『信じるだけで救われるか』 高木慶太 著

  
   神は、事実でないことを事実として認めるように、
   と、言われるのではない。

   信仰とは、神の事実を受けることである。     
   事実をあえて信じる時に、人は救われる。

   「もしあなたが、イエスを信じるなら、
   イエスによって、あなたの罪は取り去られるのです」
  
   
   私たちは、もう約束の期間に生きているのではなく、
   成就された時代に生きているのである。
  
   事実はそれを信じようと信じまいと、事実であることに変わりはないが、
   信仰はそれを実証化し私たちの体験の中において現実化する。

  「私たちが信仰によってその事実を自分のものとして受け取る時
   にのみ、それが私たちの生活にあって現実の体験となるのです」
           『キリスト者の標準』 ウオッチマン・ニー

  「力といのちの源である神さまにつらなってこそ、
   いのちと力を受けることができる。
   そして神と人とを結び合わせるもの、それが信仰なのです」
           『救いは今です』 沢村五郎 

  「信仰は天と地をつなぐ電線である。
   その上を、神の愛のメッセージが非常な速度で伝わる。

   私たちが呼ぶ前に神は答え、私たちがなお話しているのに
   神は聞かれる」
           『朝ごとに』C.H.スポルジョン


  「さて、信仰とは、望んでいる事がらを確信し、
   まだ見ていない事実を確認することである」
               ヘブル 11:1

  「信仰は聞くことによるのであり、聞くことはキリストの言葉から
   来るのである」
               ローマ 10:17

  「あなたがたの救われたのは、実に、恵みにより、
   信仰によるのである。

   それは、あなたがた自身から出たものではなく、
   神の賜物である。

   決して行いによるのではない。
   それは、だれも誇ることがないためである」
               エペソ 2:8、9
   
  <関連>救い、悔い改め、責任分担、アベル 

【信じる】信仰は、「あるものにもたれかかる」という意味。
   頭だけでうなずくという理屈ではなく、確かなものに寄りかかる
   行為を指す。

  「知識や、行動力、実行力、愛するということの源はみな、
   信じるという態度から生まれる。
 
  「信仰は知ること、信じること、より頼むことの三つのことからなる」

  「信仰は聞くことによるのであり、
   聞くことはキリストの言葉から来るのである」
         ローマ 10:17 

  「信仰は、神の恵みが私たちの中で働いた結果、出てくるものです。
   聖霊の働きがなければ、だれもイエス・キリストが主である
   ということはできません」

  「信仰は救いをもたらす通路にすぎないのです」
  「信仰はちょうど運河か水道管の役目を果たしています」

  「信仰が自分の救い独自の源であるかにように考えてはなりません」
  「信仰そのものあるのではなく、信仰している神にあるのです」

  「信仰は、決してそれ自体が水源なのではありません」
  「信仰そのものにあるのではなく、信仰している神にあるのです」
  「力は神の恵みにあるのです。信仰にあるのではありません」

  「一般的な信仰と救いに至る信仰との違いは、
   おもに信じる対象によって異なります」

  「信仰は想像上のものではありません。
   なぜなら、信仰は確実な事実を信じるのですから」

  「キリストが約束なさったことは成し遂げられることを信じ、
   キリストに期待することです」

  「疑いもなく、現在の地獄には、信仰の教理はよく分かって
   いながら信じなかった人がたくさんいます」

  「あなたが信じないのは、まだあなたが神と争っていて、
   自分の考えや方法でやるつもりでいるからです」
    
  「信頼こそ信仰の命です。
   これなくして、救いに至る信仰はありません」

  「信頼はキリストとそのあがないの恵みを自分のものに
   するのです」

  「信仰が恵みを受ける通路に選ばれた理由は、
   信仰の中に恵みを受け取るものとして用いられる自然の
   適合性があるからなのです」

  「信仰は、人間の手です。
   信仰が受け取る役目になっているのです。
   恵みを受け取るには、この手がちょうどいいのです」
  
  「信仰は決して自分を主張の基としません」
  「ただより頼むことによって、その恵みを自分のものとする
   からです」

  「信仰は、すべての栄光を神にささげるものであるからこそ、
   疑いもなく選ばれたのです。

  「信仰によるのは恵みによるため、恵みによるのは
   誇ることのないためです。
   神は高ぶりを赦すことのできないかたです」

  「高ぶりを奨励したりするようなやり方で、
   救いを与えようとはされないのです」

  「行いによるのではありません。
   だれも誇ることのないためです」
          エペソ 2:9

  「神が信仰を救いの通路として選ばれたのは、信仰が
   神と人とを結びつける確実な方法だからです。

   人が神を堅く信じるときには、神と人との間に
   一致点ができます」

  「人が自分の行いや儀式礼典などに頼っているなら
   救われないでしょう。
   なぜなら、キリストとその人の結びつきがないからです」

  「信仰が選ばれている理由は、それが行動の源に触れる
   ものだからです。

   日常の事柄においても、ある種の信じるということが、
   すべてのもとになっています。すべてのことが何らかの

   意味で信じることを通してでなければ行われない
   と言っても、間違いないと思います」

  「神を信じる信仰をあざける人は、悪い形の信仰を最も多く
   持っている人と言えるかもしれません」

  「不信仰の底には、偏見とか高ぶりなどがあるものです。
   傲慢な自我が、不信仰を生み出すのです」


  「信仰は愛によって働くという力を持っています。
   信仰は神に対する愛を生み、最もよいものを求める心を
   引き出します」

  「信仰は心から出るものです。
   ですから、神が信仰に救いを与えたのです」

  「信仰は平安と喜びを作り出します」
  「信仰は、人を、生きるにも死ぬにも恐れなくしてくれます」

  「主は、私たちに恵みを伝え、それによって確実に栄光へと
   導いてくださるのに最も便利な手段として信仰を選ばれたのです」

  「信仰は、その門をすぐに開けることのできるかぎである」

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  「信じるということは、信じようという努力からは生まれません」

  「イエスは、人々が彼を信じないうちに、また信じることも
   できないときに、その人のために自分のいのちをお捨てに

   なりました。イエスは、信者になっている人たちのためではなく、
   罪人のままでいる人たちのために死なれたのです。

   罪人を変えて、信じる者、きよめられた人にするために
   来られたのです」

  「キリストは不敬虔な者のために死んで下さったのだと、
   この真理をしっかりつかんで信じさえすれば、
   あなたの信仰があなたを救い、あなたは安らかになるのです」
 
  「救いを与えるのは大きな信仰ではなく
   本当の信仰なのです。

   からし種のような信仰でも救いをもたらすのです。
   信仰の大小の問題ではなく、信仰の真面目さの問題です」

  「また、信仰の対象になっている十字架が聖霊の働きによって
   信仰の起こるもととなります」

      『ただ恵みによって』 C.H.スポルジョン著 

  ------------------------------------------------------

  「神はどうして私たちを救いに導くパイプ役として『信仰』を
  選ばれたのか。

   一つの理由は、私たちが高ぶることのないようにするためだ。
   何かを信仰によって授かった時、私たちが自分の力でそれを
   獲得したのではないことは明らかだ」
     『聖霊について教えてください』 チャック・スミス著


  「信じるということを、単に頭の中での操作、心理的な操作
   と考える考え方があります。心の切り換え、頭の切り替え、
   ととらえるのです。

   信じ込むという心理作用が人に安心をもたらし、救いを
   もたらすのだというのです。

   ところが、聖書の教え、イエス・キリストの教えはまったく
   違うのです。

   信仰とは、心の納得やいろいろ深い考えの末、意思の決定に
   基づいて、飛び込む、行動することなのです」
  

  「『このおだんごおいしいよ』といわれて
   そのことばを納得したら、信じて食べてみることです。
   実際に食べてみなければその味はわかりません。

   世の中では、見ることが信じることだと言います。
   しかし聖書は、イエス・キリストを信じることが
   彼を見る方法だといっているのです」

         
  「目をつぶっていれば、太陽が輝いていても、
   光の恩恵は受けられません。

   しかし、信仰の目を開けると、
   神の光があなたの人生にさし込むのです」

   一寸でもいい、あなたの心の窓を開け、
   世の光である神様を心の中に受け入れてごらんなさい。

   光が闇を追い出し、あなたの人生を明るくしてくださいます」
           『みことばの泉』 羽鳥明 著

 
  「ね。あなたの心の戸には、外側にハンドルがついていないのよ。
   あなただけしかあなたの心の戸は開けられない。思いきって心の

   戸を開けて、あなたを愛し死んでよみがえってくださったイエス
   さまを心の中に迎え入れてごらんなさい」
           『今日の知恵明日の知恵』より抜粋 羽鳥明 著


  「あなたがたは心を騒がしてはなりません。
   神を信じ、またわたしを信じなさい」
          ヨハネ 14:1
   

  <関連>信仰、救い、恵み     

【心情】 統一原理がよくわからなくても心情に訴えて虜にしてしまう。
   心情の虜になった人は、組織の思うまま、なんでもするようになる。
  
   十字架論
   イエス様は使命を果たせず、恨みを持って死んでいったという。
   孤独で、可哀相なイエスに同情させる。

   心情の神
   イエス様の姿をご覧になった神様は泣いている。悲しんでいる。
   痛んでいる。だれにも理解されず泣いている。
   と、真剣にさせる。

  「そうだ、あなたがしなければならないのだ。
   神様は泣いていらっしゃるから、神の心情を自分の心情として生きよ。

   そうすれば神と同じ立場に立つことになる。救いとは神と同じ立場に
   立つことなんだよ」

  * キリスト教を知らない人は簡単に参ってしまう。

   「神と心情を一致する愛の実体となることである」と言うが、
   統一教会にいれば文鮮明と同じように、詐欺師や前科者になる

   ことは可能だが、愛の実体となっている人がどれだけいるだろうか。
   統一食口はまったく違う方向に進んでいる。

  <関連>うそ、知恵を使う、原理講論

【心情開放展】 過去の自分を否定し、新しい自分に生まれ変わる儀式。

        罪を償って新しく出発するために、罪を報告し、万物を
        捧げなければならいと教え献金させる。

        これまでの異性関係を告白して、罪を悔い改めること。

       <関連>教育過程

【心情ノート】 信者がその日にあったことや考えたことなどを書くノート。
        日々の反省や決意を日誌に書く。

        毎日上司に心の中までチェックされる。       
        その人の弱点や疑いを点検し、上手に管理するための日記。

       <関連>ホウレンソー


【新生】 新生(英語:born again)とはキリスト教では、神の恵みにより
     個人の罪が赦され、聖霊によって霊的に新たに生まれ変わること。
     新生した者がクリスチャンである。

     人の霊が新生するのは聖霊による。
     新生は聖霊のいのちの分与によって起こる。

    「新生とは、私たちの新しい誕生に際して、キリストのいのちが、
     聖霊により私たちの内に植えつけられることを意味します」
          『キリスト者の標準』 ウオッチマン・ニー

    「生まれ変わるということは、人のことばで言い尽くせない奥義で
     ある。しかしその変化は感じられ、知ることができる。

     すなわち聖い行ないによって知られ、祝福に満ちた経験によって
     感じられるのである。

     この大いなるわざは超自然的なものである。それは自分で行う
     ものでない。新しい原則が注ぎ込まれ、それが心に働き、たま

     しいを新たにし、全人格を変えてしまうのである。
     私の名前が変わるのではなく、性質が新しくなるのである」

    「神の御霊は人のうちに新しい生活の原則を注ぎ込み、
     それにより彼は、キリスト・イエスにあって『新しく造られた者』
     となる」                
                  『朝ごとに』C.H.スポルジョン

    
    「イエスは答えて言われた、『よくよくあなたに言っておく。
     だれでも新しく生まれなければ、神の国を見ることはできない』」
                   ヨハネ 3:8

    「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。
     古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである」
                   コリント第二 5:17

    「あなたがたが新しく生まれたのは、朽ちる種からではなく、
     朽ちない種からであり、生ける、いつまでも変わることのない、
     神のことばによるのです」
                   ペテロ第一 1:23(新改訳)


    「キリストにあるとは、キリストとの生きたつながりを意味します。
     名前だけクリスチャンになることでも、頭の中でキリストを主と
     うなずくことでもありません。

     キリストを生きたお方として認め、彼に委ね切ることを意味します。
     その時に初めて、神による新創造のみわざが心になされるのです」
            『コリント人への手紙第一、第二』 竿代照夫 著

         
     もし、私たちがイエス・キリストを受け入れているならば、
     私たちは新しい命を内に持っている。

     新しい命は、地上や人間性の中からではなく、
     上から、御霊によって成し遂げられる。

    「新しい命が生まれるのに欠かせない条件は悔い改めと信仰だが、
     悔い改めと信仰だけでは救われない。
     純粋な信仰は、人への神からの賜物である」
                   『聖霊』 ビリ-・グラハム

    「わたしたちの行なった義のわざによってではなく、
     ただあわれみによって、再生の洗いを受け、

     聖霊により新たにされて、
     わたしたちは救われたのである」
                    テトス 3:5
 
    「あなたがたが救われたのは、実に、恵みにより、
     信仰によるのである。

     それはあなたがた自身から出たものではなく、
     神の賜物である」                   
                    エペソ 2:8

    「新生は超自然の働きであって、罪人である自分の力では
     決して生み出すことができない」

    「私たちのなすべきことは信じることであり、
     私たちを作り変えることは神のなさる仕事です」

    「救われて心が変わるのは、聖霊のみわざによる」
          『ただ恵みによって』 C.H.スポルジョン

     救いについて、ルターは信仰義認を、ウェスレーは新生体験を強調した。
    「御霊ご自身が、あなたが新生したことを心の中であかししてくださるから
     です。あなたは新生したことを実感できるはずです」と。

    <関連>重生、信仰、聖霊

【新生トレーニング】 27日間の合宿生活。
         献身の決意の再確認。

         心の準備と献身生活の準備をする。
         エリート意識を持たせ、社会と壁を作り、家族との断絶を
         開始させる。

        <関連>教育過程

【神秘神霊主義教団】 霊体交換派とも混淫派ともいわれる。

    文鮮明が崔先吉と結婚した『イエス教会』は混淫派と言われる。
    文鮮明が学んだ金百文の『イスラエル修道院』、韓鶴子の母親の

    洪順愛の従っていた神秘主義の李龍道も金聖道の『聖主教』も
    李一徳、許孝彬の『腹中教』もほぼ同じような教理の混淫派、
    霊体交換派である。

    1933年『イエス教会』新設
          白南柱、李龍道、李浩彬
    
          血の分け合い教理を教える。
          霊媒師と交わり、霊体交換が混淫事件として
          社会問題になる。

    1935年『聖主教会』を立ち上げる。 
          白南柱、金聖道

          混淫事件が起きる。

     1938年 文鮮明が『イエス教会』所属の明水台教会に通い
          真理を悟ったという。

    1944年『イエス教会』で、李浩彬の司式により
          文鮮明と崔先吉が結婚する。

    1945年 文鮮明が『イスラエル修道院』の金百文のもとで学ぶ。

          金百文は白南柱の弟子であり、文鮮明はその
          金百文の弟子になる。

     1948年 文鮮明が人妻である金鐘和との婚姻祭事件で逮捕される。

     1953年 『統一教会』創立。

     1955年 文鮮明と金明姫との間に喜進が生まれる。

    1957年 文鮮明と崔先吉と離婚届出。

    1970年 文鮮明と韓鶴子と聖婚式。 

    ---------------------------------------------
             
    〔神秘神霊主義教団の教理〕

  ・ 罪の根は淫行、淫乱である。
  ・ キリストの十字架は失敗。キリストは結婚すべき。

  ・ 再臨のメシヤは人として、もう一度生まれてくる。
  ・ 再臨主は韓国に生まれる。


   * 統一教会は神秘神霊教団の流れをくむといわれる。

    文鮮明、洪順愛の通っていたキリスト教会は当時から
    すべて異端と言われていたところばかりである。

   <関連>異端、血統転換、混淫派、血分け 


【心霊巡回師】 信仰チェックの担当者。
       献身者に対して信仰や内面の相談にのることを任務とする。

      トップから、心霊巡回師室室長、代表心霊巡回師、心霊巡回師。

      <関連>巡回師、マザー

【心霊復興】 レクリェーションをしたり、
     肉などを腹いっぱい食べ、肉的に満たされること。

【真理】 「真理はあなたがたを自由にします」
                 ヨハネ 8:32

   (ある食口はこの御言葉で原理の間違いに気付いた)

   真理とは実在の顕現であり、事物の本質を意味する。
   真理の認識は理論的ではなく、実存的である。


  「神の真理は絶対です。
   真理を真理とさせるのはこの人またはあの人が

   それを支持しているという事実ではありません。
   真理は本質的に真理なのです」
        『正常なキリスト者の働き人』 ウオッチマン・ニー

  「聖霊があなたを素直にして下されば、
   真理が目の前に置かれたとたんに、あなたは信じるでしょう。
   真理が本物だから信じるのです」
          『ただ恵みによって』 C.H.スポルジョン    

  「イエスは彼に言われた。
  『わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。

   わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることは
   ありません』」
                 ヨハネ 14:6


  「わたしは真理についてあかしするために生まれ、またそのために
   この世にきたのである。
   だれでも真理につく者は、わたしの声に耳を傾ける」
             ヨハネ 18:37

  「神はすべての人が救われて、真理を悟るに至ることを望んでおら
   れる」
                 テモテ第一 2:4
 
  「見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。
   だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、
   わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、
   彼もわたしとともに食事をする」
                 黙示録 3:20


  「人間はだれでも、真理に逆らっては生きられないのです」

  「イエス・キリストは、あなたの心の扉をたたいておられます。
   あなたが扉を開くのを忍耐強く待っておられるのです。

   あなたが少しでも心を開かれるなら必ず心の中に入ってきて
   くださいます」
             『受難週のキリスト』 植竹利侑 著 

  <関連>自由 
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