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原理用語 さ



【崔元福】(チェウオンボク) 韓鶴子との2人お母様、
    崔元福お母様とよばれる。(公然の2人妻の状態が長く続く)

    1998年に釈迦と祝福結婚する。
    2006年1月15日 89歳 没 

【再祝福】 互いが気に入るまでくり返すただのお見合。

    文鮮明によって決められた相手が最も理想的な相対者であるというが、
    ご子女様は4人も離婚をして、3人再婚している。

   <関連>合同結婚式、ご子女様、文孝進、文国進


【祭物】 使命を全うするために自分を犠牲にすること。

    「祭物は従順と屈服の象徴である。
     故に祭物は、自己という所有観念がなく、

     死の前においても反抗することを知らないのが祭物である」
                    『御旨の道』より

     君たちは自己否定して、永遠に一心不乱に歩みなさい。

    <関連>思考停止 

【再臨】イエス・キリストが再び来られることを再臨と言う。

    再臨とは、イエス・キリストご自身が帰って来られることであって、
    誰か別人が使命を託されれることではない。

    イエス自らが何度も繰り返し言っている。

   「あなたがたは、心を騒がせないがよい。
    神を信じ、またわたしを信じなさい。

    わたしの父の家には、すまいがたくさんある。
    もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。  

    あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。
    そして、行って、場所の用意ができたならば、

    またきて、あなたがたをわたしのところに迎えよう。
    わたしのおる所にあなたがたもおらせるためである」
               ヨハネ 14:1-3

   <関連>イエス・キリスト    

【サタン】 統一教会の組織の活動に反対する人。

    教会に闘いを挑む人はみなサタン。
    教義を信じない人はみなサタン。

    組織は反対行動を想定しており、巧妙に対立をあおり、
    徹底して反抗するように教え込みをしている。
    それを組織への求心力にしている。

    眠気はサタン。疑うのはサタン。
    慢性的な睡眠不足のなかで、思考力を低下させ、脱出防止を
    計っている。

    十分な睡眠を与えれば、実績は上がるが、原理のおかしさに気付き、
    中心の言うことを聞かない人が次々と出てくる。

   「私たちの神学では、父は私たちのメシアで神様の代身です。
    父を助ける教会指導者は天使長の位置にある。

    神様を背信した天使長のように、メシアである父を背信すれば、
    それはサタンで、堕落した天使長です」 文国進

              
   「祝福を受けて否定するのは、サタンよりもっと悪いです。
    サタンが讒訴するというのです。

    これは直接主管圏に入って堕落したのと同じです。」
                天聖経「罪と蕩減復帰」より抜粋

    ご子女様をはじめ統一教会の内部にサタンが大勢いることになる。
 

    サタンは救われる道を閉ざす効果的なことばを使う。
     
   「なんの代価も支払うことなく、恵みを受けることは赦されないことだ。
    そんなことをすれば必ず霊界からの讒訴を受けることになる」

    --------------------------------

    聖書の原語は「敵対するもの」という意味。
    聖書には誘惑者、批判し訴える者、悪霊どものかしらともある。

    聖書の中には神と二次的に対立するサタンはいない。
    サタンは、その権能においても、その支配期間のおいても有限で
    あるが、悪の世界を治めているという点ではこの世の神である。
   
    サタンは「訴える者」と呼ばれている。
    私たちを訴えることはできても罪に定めることはできない。

    イエス・キリストが十字架上で死なれた瞬間に、サタンは
    徹底的に敗北した。本質的に敗北を宣告された敵である。

    私たちの罪や失敗を神に訴える。次に私たちの良心に訴え、
    罪意識の呪いに私たちを封じ込めようとする。

    罪や弱さを指摘して、私たちの心をくじくことがサタンの
    目的である。


    サタンは明らかに悪と思えることでは誘惑しない。
   「あなたは神のようになるでしょう」と巧みに誘い、
    神から引き離し、人と人を分裂させ、人間性を奪い尽くす。
 
    サタンは、悪をするという代価を払ってのみ得ることのできる
   「善」によって、人間を誘惑しようとする」

    サタンは偽りの創始者であり、すべての偽りは
    彼から始まっている。(ヨハネ8:44)
 
    ----------------------------------------------------------

〔誘惑の4つのプロセス〕

   「第1のステップにおいて悪魔はあなたのうちにある願望を見極
    めます。

    悪魔があなたの思いに働きかけ、間違った願いを持たせようとし
    たり、正当な願いであっても、間違った方法で間違った時に達成
    させようと勧めて来たりする時が誘惑の始まりです。

    第2のステップは、疑いです。
    悪魔は罪について神が言われたことを疑わせようと働きかけてき
    ます。

    第3のステップは欺きです。
    悪魔が語ることはすべて全くの偽りか、真実の半分でしかありま
    せん。

    第4のステップは、不従順です。
    心の中で戯れてきた思いは、最終的に行動となって現れます。
    考えで始まったことが、行動に発展するわけです」
    (ヤコブ 1:14、15)

   「悪魔の誘惑に対して、主イエスは必ず聖書の御言葉を引用して対
    抗されました。主イエスは悪魔と言い争われませんでした。

    私たちも同じようにしなければなりません。神の言葉には力があ
    ります。

    悪魔と争ってはいけません。悪魔はあなたよりも議論に長けてい
    るからです。悪魔を理論や理屈でねじ伏せることはできません」


   「私たちは神ではありませんし、決して神になることもありません。
    私たちは人間です。神になろうとする時、私たちは悪魔と同じ轍
    を踏むことになるのです」
           『人生を導く5つの目的』 リック・ウォレン

   ------------------------------------------------------
 
   「悪魔はサタンとも呼ばれる。
    サタンは堕落した御使いである。

    彼は象徴的な存在ではなく、実在し、神に従い服従する
    人たちと絶えず戦っている。

    サタンの試みは現実にあり、サタンは私たちに、
    神の方法ではなく、サタンの方法や私たちの方法で
    生きるように仕向けている」

   「試みは不快に感じられるかもしれないが、試み自体は
    罪ではないことを覚えておくべきである。私たちは
    試みに屈し、神に従わないときに罪を犯すのである」

   「悪魔はしばしば、攻撃に弱くなっているときに、
    私たちを試みる。(不安定な状態である、などのとき)

   「悪魔は、私たちの強さを通して私たちを試みることも
    好む。高慢になりやすいときが注意である」

   「誘惑とはしばしば、実際の必要と可能性のある疑問とが
    混じり合って生じる」

   「イエスが悪魔の試みのすべてに抵抗できたのは、
    イエスが聖書を知っていただけではなく、
    聖書に従っておられたからである」
             『BIBLE navi 』

   ----------------------------------------------------
 
    〔サタンの常用手段〕

    偽ること(ヨハネ8:44)
    試みること(マタイ4:1)

    奪い取ること(マタイ13:19)
    悩ますこと(ヨブ2:7)

    妨げること(第1テサロニケ2:18)
    ふるいにかけること(ルカ22:31)

    擬装すること(第2コリント11:14)
    悪く訴えること(黙示録12:9、10)

    病気にかからせること(ルカ13:16)
    人に入ること(ヨハネ13:27)

    人を食い尽くすこと(第1ペテロ5:8) 


    --------------------------------------------------

   〔サタンの策略〕
    疑い・神のことばといつくしみに疑問を持たせる。
    
    落胆・神ご自身ではなく、自分の問題に目を向けさせる。
     
    扇動・間違っているものに魅力を感じさせ、
       正しいことではなく、悪いことを求めさせる。

    敗北・自分などだめな人間だと思わせ、
       努力させないようにする。

    遅延・後回しにさせ、実現しないようにする。
               『BIBLE navi 』

   -------------------------------------------------

   「罪は人がサタンの誘惑に負けたために入り込んできました。
    サタンの攻撃が神のみことばに対して仕掛けられてきた。

   『触れてもならぬ』は神の言われた事の中には含まれていません
    でした。『もしかすると』ではなく『必ず』でした。

    神のことばに対する態度が曖昧になるとき、サタンはそこにつ
    け込んでくることに注意したいものです」


   「結果が良ければ手段はどうでも良い、結果は手段を正当化する
    という考え方に警戒しなければなりません。これはサタンの策
    略の一つである」
                 『ローマ人への手紙』河村 襄

    イギリスの宗教改革者H・ラチマーは、
   「今、イギリスで一番熱心な宗教家は誰ですか」

    と聞かれた時、すかさず答えた。
   「悪魔です」


   *「サタンはだますことができない」

   <関連>神、ルーシェル、カルト、ザンソ、嘘
   
【サタン屈服の日】 文鮮明に屈服し神様と文鮮明夫妻と全人類に謝罪の
        手紙を書いたという。

        1999年5月14日

【サミット】 不動産を所有する人物に因縁トークで脅迫し、
     不動産を売却させ、または担保で借金させて献金させる手口。

     1億円以上の財産家。

     壺や多宝塔の販売が困難になったのちに考え出された
     大金を巻き上げる方法。

    <関連>霊感商法        

【36家庭】 血分けをした神聖な家庭。
     統一食口のあこがれの対象。

    * 脱会した家庭が8家庭ある。

    <関連>幹部

【3年目の危機】 精神的苦痛と肉体的苦痛が増幅して活動の限界を超え、
       体が動かなくなる。
       自分の肉体が消滅することを願うようになる。

       規範に反する行為をしないと生きていけないことを学び、
       合理化することで規範を乗り越える。
       幹部になるほど自分の利益を求め堕落する。       

【ザンソ】 意味がわからないだけに、恐怖を与える言葉。

    讒訴(ザンソ)の本来の意味は、他人をおとしいれようとして、
    事実をまげて訴えること。

   「サタンがザンソする」
   「サタンがサタン視する」=悪いことをすると言われる。

    統一教会では意味を知らずに使っている。

   <関連>落ちる、サタン、ルーシェル

【三大祝福】 「生めよ、ふえよ、地に満ちよ」
              創世記 1:28

      これがどうして、次のようになるのかわからない。
     「個性完成」、「子女繁殖」、「万物主管」

     「生めよ」と「個性完成」とは、ヘブル語原語でも他の聖書でも
      まったくつながらない。

      ただし、間違った原理を展開していくには必要な解釈である。

     <関連>原理講論 

【三拝敬礼】 敬礼とは、子女が父母に対して捧げる挨拶をいう。
       昔からの韓国風礼拝。

       毎週日曜日、月初め、記念日等、午前5時に起床し、
       神と父母の前で三度土下座をしてお辞儀をし、
       成約聖徒としての誓いを立てる行為をいう。

「誓う」ということは、「アナサマ」といい、それは「呪い」の
       意味で、呪いが私にあってもよいということである。


      「わたしはあなたがたに言う。いっさい誓ってはならない。
       天をさいて誓うな。そこは神の御座であるから。

       また地をさして誓うな。そこは神の足台であるから。
       またエルサレムをさして誓うな。それは『大王の都』であるから。

       また、自分の頭をさして誓うな。あなたは髪の毛一すじさえ、
       白くも黒くもすることができない」
                  マタイ 5:34~36
        
       祭壇を造り、供え物をし、文鮮明夫婦を拝む行為そのものが、
       偶像礼拝以外のなにものでもない。


      「いや、わたしが言おうとしているのは、偶像に献げる供え物は、
       神ではなく悪霊に献げている、という点なのです。
       わたしは、あなたがたに悪霊の仲間になってほしくありません」
                  コリント第一 10:20(新共同訳)

      <関連>偶像礼拝、十戒

【賛美のシャワー】 新来者に対してのお世辞の雨あられ。 愛の爆撃。

       自分たちの接近してきた目的を告げず、親切でやさしい
       人を装い、嘘をついて、ターゲットをほめまくり、

       とことん誠意を尽くして、誘いを断りにくい状況や
       場面を故意に作り上げる。 

       賛美のやり方の教育を受けたスタッフが、適切な
       お世辞をいう。

      「あなたの考えはすばらしい。特別な人なんだ。魅力的だ」
      「あなたの意見を是非私の友人にも聞かせてあげてほしい」

      * 勧誘の場合どんな嘘でもつく。 

      <関連>ラブシャワー、だまし、伝道、霊の子


【三位一体】 聖書では、天地の造り主である父なる神、
    子なる神(イエス・キリスト)、聖霊なる神が一つである。

    聖書では、 神が人となって来られたのが、イエス・キリストであるが、
    原理では、あくまでもキリストは人間だという。

    そうでなければ、肉的気質の人一倍強い、文鮮明をキリストとして
    登場させることはできない。

    2009年12月韓国の新聞記者の質問と文亨進(七男)の答弁
    「文鮮明は神なのか?」
    「だだの人間である」

    今まで騙し続けてきたことを自分で暴露した。


    元信者は、三位一体が理解しやすいのではないか。
    と言う人がいる。

    ある日は勝共で政治活動、またある日は事業部で経済活動、
    またある日は統一教会で伝道活動が自然におこなうことができる。

    -----------------------------------------------------------

     『原理講論』 P256
    「イエスは、あくまでも創造目的を完成した人間として来られた
     方であることを、我々は否定できないのである」

     『原理講論』 P257
    「我々は、既に、イエスはどこまでも、創造目的を完成した
     一人の人間であることを論じた」
         
     『原理講論』 P258
    「彼はあくまでも神御自身となることはできないのである」

     『原理講論』 P264 
      「ところで、父は一人でどうして子女を生むことができるだろうか。
     堕落した子女を、善の子女として、新たに生み直してくださる

     ためには、真の父とともに、真の母がいなければならない。
     罪悪の子女達を新たに生んでくださるために、真の母として
     こられた方が、まさしく聖霊である」

     『原理講論』 P265
    「イエスは、男性であられるので、天(陽)において、
     また、聖霊は女性であられるので、地(陰)において、
     業(役事)をなさるのである」

     『原理講論』 P267
    「それ故、神はイエスと聖霊を、後のアダムとエバとして立て、
     人類の真の父母として立たしめることにより、堕落人間を

     新生させて、彼等もまた、神を中心とする霊的な三位一体を
     なすようにしなければならないのである」 
    
     --------------------------------------------------

     三位一体とは三つに見えているものが本質的には1つであること。

     無限の神を私たちの有限の頭脳で理解しようとしても、
     越えられない壁がある。

     1+1+1=1ではなく、1*1*1=1である。
     本質的には一つである神の中に3つの神格が存在する。 

      三位とは3つの位置という意味で父、子、聖霊の三つの位置、
     三つの面から人間に対する交わりの神がおられる。

     すべてのものの創造者である父なる神は、御子イエスによって
     見える姿に現れて、ご自身の聖なる像を啓示し、

     また、御霊によって私たちは内住の神を持ち、神の力が人の
     からだに宿り、私たちのうちに働いて、私たちを備えてくださる。

     父なる神は計画者であり、御子イエスは実現者であり、
     聖霊は実現するための精力=エネルギーを与える方である。


 
    「御子は、見えない神のかたちであって、すべての造られたものに
     先だって生まれたかたである。万物は、天にあるものも地にある

     ものも、見えるものもみえないものも、位も主権も、支配も
     権威も、みな御子にあって造られたからである。

     これらいっさいのものは、御子によって造られ、御子のために
     造られたのである。

     彼は万物よりも先にあり、万物は彼にあって成り立っている」
                 コロサイ 1:15~17
    (参照) ヨハネ 1:3,10、ヨハネ 17:5、ヘブル 1:2 


    「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに
     固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、

     人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、
     死に至るまで従順でした」
                 ピリピ 2:6~8
     
    <関連>われわれ、神、イエス・キリスト、キリストの神性、聖霊

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