スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

原理用語 き



【基準が高い】 高い信仰レベルを保っていること。

【基準が下がった】 心霊が落ち込んだ状態で、歩めなくなること。

【基準がない】 伝道や万物復帰で実績が上がらない人を指していう。
        前線に出ないで、寝込んでいる人をいう。

【基準が低い】 信仰のふらついている人。
        天情に徹しきれず人情的になったり、理性が働き、
        より現実的になりかかった状態。 

       <関連>伝道、万物復帰、実績、前線 

【既成祝福】 すでに結婚している夫婦が、メシヤである文鮮明の下で
     再び合同結婚式をあげること。

    <関連>祝福、祝福二世

【偽装脱会】 「偽装脱会のためなら、文鮮明の写真も破け。踏みつけよ。
     脱会届も書き、求められれば、それらしき手記も書け。
     何をしてもよいから、無事に戻ってくるように」

     脱会書に偽装脱会であると統一教会にわかる暗号文をいれる
     ように対策教育で指導されている。

    <関連>反牧

【義認】 キリスト教の義認とは、イエス・キリストを主また救い主として
   信じて受け入れるすべての者に対して、犯したいっさいの罪を

   ことごとく赦し、またその刑罰から全く開放して、これを
   義なるものとされること。

   義なるものとされるとは、信じる罪人を、罪をもったままの状態で
  「正しい者」と宣言してくださる神の主権的な恵みの行為である。
 

   神の前における人間の義認は、根本的には律法ではなく、
   キリストの憐れみに基づく。

   なぜなら、人間の罪深い性質のゆえに、神の聖なる律法を完全に
   果たし得ないからである。

   神の前における人間の立場は、人間が自分自身が何をしたか、
   何ができるかによるのではなく、イエス・キリストが人間の
   ために、何をされたかによる。

   イエス・キリストのみが、み旨が善であるため、
   人間の罪を赦してくださるのである。

  「神はわたしたちの罪のために、罪を知らないかたを罪とされた。
   それは、わたしたちが、彼にあって神の義となるためなのである」
              コリント第二 5:21
 
  「人の義とされるのは、律法の行いによるのではなく、
   ただキリスト・イエスを信じる信仰によることを認めて、
   わたしたちもキリスト・イエスを信じたのである。

   それは、律法の行いによるのではなく、キリストを信じる
   信仰によって義とされるためである。なぜなら、
   律法の行いによっては、だれひとり義とされることがないからである」
               ガラテヤ 2:16 

  「なぜなら、聖書はなんと言っているか、
  『アブラハムは神を信じた。それによって、彼は義と認められた』
   とある。
 
  「働きがなくても、不信心な者を義とするかたを信じるものは
   その信仰が義と認められるのである」
               ローマ 4:3、5

  「彼らは、価なしに、神の恵みにより、キリスト・イエスによる
   あがないによって義とされるのである。

   神はキリストを立てて、その血による、信仰をもって受くべき
   あがないの供え物とされた。それは神の義を示すためであった。

   すなわち、今までに犯された罪を、神は忍耐をもって見のがして
   おられたが、それは、今の時に、神の義を示すためであった。

   こうして、神みずからが義となり、さらに、イエスを信じるものを
   義とされるのである」
               ローマ 3:24~26     

  「こういうわけで、今やキリスト・イエスにあるものは
   罪に定められることがない」
               ローマ 8:1

  「人は心に信じて義とされ、口で告白して救われるからである」
               ローマ 10:10

  「だれが、神の選ばれたものを訴えるのか。
   神が彼らを義とされるのである。

   だれが、わたしたちを罪に定めるのか。
   キリスト・イエスは、死んで、否、よみがえって、神の右に座し、
   また、わたしたちのためにとりなして下さるのである」
               ローマ 8:33、34


   イエス・キリストが血を流して下さったことにより、私たちの
   罪のための代価が払われている。

   神が与えてくださった解決策をただ信じ受け取るだけで、
   私たちは義とされ、新しい立場を与えられる。

  * 神が不信心な者を義とされるなら、神はあなたを義とする
   ことができる。
   今すぐに義とされないだろうか。

   もしあなたが、不敬虔(不信心)な者を義としてくださる方を
   信じるならば、あなたは救われる。

 -----------------------------------------------------------------
  
  「ああ、おまえは罪人だ」
   と悪魔はマルティン・ルターに言った。

  「そのとうりだ」と彼は言った。
   そして続いて、

  「キリストは罪人を救うために死んでくださったのだ」
   と答えてルターは悪魔にたやすく勝った。

  <関連>律法、救い、福音、贖罪、聖化、侍義

【詭弁】 道理に合わないことを正当化しようとするたくみなこじつけ。
   ありもしないことを本当のように例えること。

   間違っていることを正しいと思わせるようにした議論。
   論理学で外見、形式をもっともらしく見せかけた虚偽の論法。

  * 統一原理は詭弁に満ちている。
   原理講論を読めば、キリスト教の理解が全くできていないことがわかる。
   聖書も原典で読めば、原理のような解釈はできないことが明白である。

   何も知らない人々をだまして利用するために書いたというのが
   核心ではないだろうか。

  <関連>統一原理、原理講論、だまし、だます、ごまかし

【金明煕】 (キム・ミョンヒ)文鮮明の第2夫人。

    文鮮明と第1夫人の崔先吉の婚姻中に文喜進を産む。
    のちにソフラテスと祝福結婚する。

    2番目の妻と言われるが入籍はしていない。

    1930年       北朝鮮 平安北道生まれ
    1954年 1月 7日 入教 
    1955年 8月17日 国交のない日本で、
                文喜進を産む
                後日、認知される

    1957年 1月 8日 文鮮明、崔先吉と離婚
    1959年10月 2日 韓国に戻る
    1960年 4月11日 文鮮明、韓鶴子と聖婚式
  
   「復帰の法則によって、真の母になるべきお方は二十歳を
    越えてはいけない。そういう原則なんだよ」
                  『理想相対』より抜粋
 
    姦通は刑事犯だったので、日本に密入国させて出産させたという。
    メシヤが姦淫の罪を犯したことのほうが大問題になる。

   <関連>浮気、淫行、原罪

【犠網行為】 詐欺罪の実行行為。
       相手を錯誤に陥れ、相手方の錯誤に基ずく処分行為によって、
       財産上の利益を取得する行為を意味する。

       <霊感商法、展示会>

【キャラバン】 全国巡回キャラバン隊。
      ワゴン車でインチキ募金活動で全国をくまなく廻る現代の奴隷船。

      目標(3万5千円)に達しないと夕食抜き(断食)になったりする。
      全国でトップになると商品もある。

      警察に捕まる可能性があるので、事前に統一教会から籍を
      抜かれる。
      統一教会と関連団体を資金面において一番底辺で支えるところ。

     <関連>マイクロ
 
【教育過程】 真理を偽りと置き換える過程をいう。

 正体隠しによって、純真な青年を誘い込み、
    教育過程によって、どんどんまわりの世界から遊離して、

    統一教会の中でしか生きられない人間に仕立て上げること
    を目的にする勧誘、教化プログラム。

    身も心も文鮮明に捧げ絶対服従する統一教会の意のままに行動する
    人格をつくり上げていく。
 
    統一教会の教育の一例

    ビデオセンター > 2day's修練会 > ライフトレーニング >
    4day's修練会> 新生トレーニング >実践トレーニング >
    伝道機動隊 > 珍味マイクロ

    ・ビデオセンター   通所におけるビデオ視聴形式形式の講義。 
    ・ツーデイズセミナー、スリーデイズセミナー   合宿形式のセミナー。

    ・ライフトレーニング   通所による集中研修。
                 最終日にメシヤは文鮮明であることを明らかにする。  
    ・フォーデイズセミナー  統一原理の道を歩むよう決心させる。

    ・新生トレーニング、実践トレーニング ホームに泊り込んでの
                     集団生活をする長期研修。 
                     万物復帰の教義の実践、路傍伝道。

    ・献身  職を捨て、家を出て、ホームで生活しながら、伝道活動や物品
         販売活動に専従する。
 

    * ベルトコンベアーに乗せられたように前に進ませられ、
     一般社会に戻る退路を断たれる。

    * 信者が、かつて教え込みを受けたメカニズムを見抜いてしまうことが
     一番厄介になる。

     舞台裏でスタッフは綿密な打ち合わせをし、サクラ役の信者を班員として忍ばせ、
     悪いうわさばなしをチェックし、意図的な操作をひとりひとりにする。

    <関連>ビデオセンター、2DAY、ライフトレーニング、4DAY、
          実践トレーニング、珍味マイクロ、SK講座、献身講座、
          伝道、カルト、シンガー

【教会】 統一教会では、献金受入窓口。

   --------------------------------------------------------------

   教会(エクレーシア)とは、召し出された人々の団体という意味。 
   聖書の教会とは、世から召し出されて、主に属している人々の
   集まりである。霊的共同体。

   教会のおもな目的は聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、
   キリストのからだを立て上げること。

   キリストを生けるかしらとする有機体である。
   いのちを持った有機体であって組織体ではない。

   キリストの命が信者のそれぞれの中に生かされて、
   教会は生きている。

   使徒信条で「公同の教会を信ず」と告白しているが、
   これはキリストの名によって成り立っている世界中の
   諸教会をキリストの体と見る信仰である。

  「あらゆる種類の人に福音を伝えるためには、あらゆる
   種類の教会が必用である。教会がみな同じようなら、
   この世界のごく一部にしか福音を伝えられない。

   神は異なったグループの人々には異なった伝道法を用
   いられるのである」
    『5つの目的が教会を動かす』 リック・ウォレン
   ---------------------------------------------

  「教会は皆、次のような表示を立てるとよいかもしれません。
  『完全な人はどうぞご遠慮ください。

   ここは自分が罪人であることを認め、恵みを必要とし、
   成長したいと願っている人たちのための場所です』」
       『人生を導く5つの目的』 リック・ウォレン

  「実は、教会を成長させることはとても簡単なことです。
   人々の興味を神のことばに向けさえすればよいのです。

   そして、人々の関心を祈りに向けるのです。
   彼らが互いにつき合うように促し、聖餐式に参加するように
   促すのです。

   そうすれば、主が日々救われる人々を群れに加えてくださる
   でしょう」 
                 (使徒 2:42)
     『カルバリー・チャペルの特徴』 チャック・スミス著
 
  <関連>聖日礼拝、清平(チョンピョン)

【教会長】 信者の家族のクレーム係。

【経典】 統一教会の経典は、公式には旧、新約聖書である。

   しかし、教理解説書として、原理講論が用いられ、
   こちらに書かれた内容が聖書よりも重視される。

   文鮮明の御言が教義そのものである。
   説教集の『聖本』、『天聖経』。 

  <関連>聖書、原理講論

【聖め】「聖」は、清いという意味もあるが、「神ご自身の」
   という意味であり、「この世と分かたれた」「超越した」
   という意味である。

   聖化とは神の啓示とあがないのわざの究極また頂点である。
   聖霊が信徒各自の導きとなり、聖潔となり、能力となられる。

   御霊の内住は神のあがないのみわざの絶頂であり、
   敬虔の奥義の最も霊的で神秘的な部分である。

   罪と死の原理から命の御霊の法則の中に入れられること。

  「キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、
   罪と死の原理から、あなたを解放したからです」
                  ローマ 8:2

 
  「神が、罪から開放することにおいて、人間性を更新する。
   信徒を、肉的性質、また内なる罪との果てしない闘争から
   釈放する。

   高ぶり、自我意思、肉的気質、ねたみ、悪意、うらみ、
   苦き心、利己的野心、キリストに似ない態度といった
   気質における悪はきよめられる。

   聖化は、罪への誘惑や罪を犯す可能性からの自由を
   意味しない。きよめられた者の誘惑において経験す
   る利点は、誘惑のきっかけとなる

   欲望の性質を考え、その欲望の力を消すことのできる
   ところの恵みを受けることができるところにある。

   ねたみ、むさぼり、うらみ、悪意、肉的気質、利己的
   野心などの正しい表現というものはない」
            『キリスト教信仰の探求』より抜粋
                 W.T.パーカイザー 編著

  「それは絶対的なものではない。絶対的完全は、人間にも、
   御使いにも属していず、ただ神にのみ属する」

  「それは人間を無謬にするのではない。人間が肉体をもって
   生存するかぎり、無謬であるものはだれもいない」

  「それは罪がないことか。用語の上の争いは無益である。
   それは罪からの救いである」

  「それは進歩し得る。従来にまさってすみやかに恵みに
   成長することができる」
  「それは失われ得るものである」

  「もし罪が終止するとすれば、その存在の最後の瞬間と、
   われわれがそれから釈放される最初の瞬間がなければ
   ならない」
                    J.ウェスレー

  「あるクリスチャンは烈しい風、あふれみなぎる洪水、
   火のバプテスマをもってやってくる特別な力現われに
   接しなければ満足しません。

   またあるクリスチャンは、うちからの泉がわき出て静か
   に流れるのが聖霊の働きの真の型であると考えています。

   しかし、この両方のうちに神を認め、いずれの方法で
   聖霊が来ても常に祝福を受け入れる備えをしている者は
   幸いです。

   聖霊の満たしの条件は何でしょうか。
   神のことばである聖書には一つの答えがあります。
   それは信仰です。
     『キリストの御霊』 アンドリュー・マーレー 著

  「あなたがたの神、主なるわたしは、聖であるから、
   あなたがたも聖でなければならない」
               レビ 19:1、2
     
  「あなたがたを召して下さった聖なるかたにならって、
   あなたがた自身もあらゆる行いにおいて聖なる者と
   なりなさい。

   聖書に、『わたしが聖なる者であるから、あなたがたも
   聖なる者になるべきである』と書いてあるからである」
               1 ペテロ 1:15、16

  「神のみこころは、あなたがたが聖くなることです。
   あなたがたが不品行を避け、各自わきまえて、自分の

   からだを、聖く保ち、神を知らない異邦人のように
   情欲におぼれず、また、このようなことで、兄弟を
   踏みつけたり、欺いたりしないことです」

  「神が私たちを召されたのは、汚れを行わせるためでは
   なく、聖潔を得させるためです。ですから、このことを

   拒むものは、人を拒むのではなく、あなたがたに聖霊を
   お与えになる神を拒むのです」
                テサロニケ 第1 4:3~8
        
  <関連>新生、聖霊、聖化、聖潔

【キリストの神性】
   イエス・キリストにおいて、人が神になったのではなく、
   神が人になりたもうたというのが聖書である。

  「御子は、見えない神のかたちであって、すべての造られたものに
   先だって生まれたかたである。

   万物は、天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、
   位も主権も、支配も権威も、みな御子にあって造られたからである。

   これらいっさいのものは、御子によって造られ、
   御子のために造られたのである。

   彼は万物よりも先にあり、万物は彼にあって成り立っている。
               コロサイ 1:15~17
  
  「神は御子を万物の相続者と定め、また御子によって、
   もろもろの世界を造られた。

   御子は神の栄光の輝きであり、神の本質の真の姿であって、
   その力ある言葉をもって万物を保っておられる」
               ヘブル 1:2、3

  「イエスは彼らに言われた、『よくよくあなたがたに言っておく。
   アブラハムの生まれる前から、わたしは、いるのである』」
               ヨハネ 8:58

  
  「すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。
   彼は世にいた。そして、世は彼によってできたのであるが、

   世は彼を知らずにいた。彼は自分のところにきたのに、
   自分の民は彼を受けいれなかった。

   しかし、彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、
   彼は神の子となる力を与えたのである。

   それらの人は、血すじによらず、肉の欲によらず、
   また、人の欲にもよらず、ただ神によって生まれたのである。

   そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。
   わたしたちはその栄光を見た。それは父のひとり子としての栄光
   であって、めぐみとまこととに満ちていた」
               ヨハネ 1:9~14

  「神を見た者はまだひとりもいない。
   ただ父のふところにいるひとり子なる神だけが、
   神をあらわしたのである」
               ヨハネ 1:18
       
  「わたしを見た者は、父を見たのである」
               ヨハネ 14:9

  「罪をゆるす権威をもっている」
               マタイ 9:6、マルコ 2:10

  「永遠の命とは、唯一の、まことの神でいますあなたと、
   また、あなたがつかわされたイエス・キリストを知ることであります。

   わたしは、わたしにさせるためにお授けになったわざをなし遂げて、
   地上であなたの栄光をあらわしました。

   父よ、世が造られる前に、わたしがみそばで持っていた栄光で、
   今み前にわたしを輝かせてください」
               ヨハネ 17:3~5

  「キリストは、神のかたちであられたが、神と等しくあることを
   固守すべき事とは思わず、かえって、おのれをむなしうして

   僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、
   おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで

   従順であられた。それゆえに、神は彼を高く引き上げ、
   すべての名にまさる名を彼に賜った。

   それは、イエスの御名によって、天上のもの、地上のもの、
   地下のものなど、あらゆるものがひざをかがめ、

   また、あらゆる舌が、『イエス・キリストは主である』と告白して、
   栄光を父なる神に帰するためである」
               ピリピ 2:6~11   

  「今いまし、昔いまし、やがてきたるべき者、
   全能者にして主なる神が仰せになる、

  『わたしはアルパであり、オメガである』」
               黙示録 1:8

  「恐れるな。わたしは初めであり、終わりであり、
   また生きている者である。

   わたしは死んだことはあるが、
   見よ、世々限りなく生きている者である。

   そして、死と黄泉のかぎを持っている」
               黙示録 1:17、18

  <関連>神、メシヤ       
                      
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。